楽しい異変ー3

「帰ってください」

「なんで、そんな酷いことが言えるの!?」

 そして、堰神は再び涙目に。序列1位の仮面がボロボロとはがれていき、なんだか残念な気分にさせてくれる。

 序列1位との、このやり取りを雑誌社に売ったら、結構、高値で売れるかもしれない。録音していなかったのが悔やまれる。

「ユキト、そろそろ家を出ないといけないんじゃないのか?」

 携帯の時計を見ながら、クラエスが時間を教えてくれた。部屋に飾ってある壁掛け時計に目をやると、出かける予定の時間を少し過ぎたところだった。

「あぁ、もうそんな時間か」

「えっ? もしかして、出かけるつもりだった?」

「まぁな」

 人が来ている――というか、勝手に来た人にそこまで気を遣うつもりはないが、その程度で遅らせる訳にいかない用事だ。

 テキパキと使っていた座布団と飲み物やコップを片付けていく。

「ほら、2人とも早く帰ってくれ」

「戸締りとガス栓、元電は全て確認した」

 二人を玄関へ追いやっていると、クラエスが出かける準備が完了したことを伝えてくれた。

 外へ出ると、玄関の戸締りをして出発する。

「どこに、お出かけするの?」

「妹の見舞いだよ」

「妹さんが居るの?」

 八東の質問に答えると、なぜか堰神が喰いついてきた。

「居るよ。ネットで俺のことを調べて来たなら、それくらい書いてあっただろ?」

「なんで、貴方のことをネットで調べないといけないの?」

「だって、俺の家をネットで調べて来たんだろ?」

 悪い奴が嫌がらせの為に、俺の家の住所をネットに晒している。最近、ネットでエゴサーチしたらクラエスのことまで盗撮写真付きで載っていた。

 さすがにこれはよくない、と思い削除依頼を出しておいたけど、いつ削除されることになるやら……。

「私はちゃんと先生に言って教えてもらったわ」

 しかし、堰神がどうやって調べたかが、俺の予想の斜め上を行っていた。おいおい、学校さんよ。さすがに個人情報の垂れ流しは良くないんじゃないかな?

 アパートを出る際に、たまたま鉢植えの日蔭置きをしていた如月さんに挨拶をしてから、病院へ向かう。「仲直りしたのね」とか見当違いのことを言ってきたけど、とりあえず適当に対応しておいた。

「ちょっと、バス停はこっちよ」

 この辺りで入院できる病院といえば、桜花総合病院しかない。そこへ向かうバス停を指さし、堰神が言う。

「歩きだ、歩き。ってか、いつまでついてくんだよ」

 ブルジョアジーの乗り物のバスを指さす堰神だが、俺はいつも自転車で病院に行っている。自転車ならお金がかからないからな。最近は、クラエスと一緒に歩きだけど。

「コミュニティバスだから、200円しかかからないじゃない」

「あ~、やだやだ。国からお金を貰っている奴は、これだから」

 前にも言った通り、成績優秀者には奨学金のような生活費が支給される。成績の上下によってレスポンスよく金額が変わるので、成績上位は序列も含め必死で頑張っている。

「いやらしい話だけど、序列1位になると幾ら貰えんの?」

「本当に、いやらしい話ね」

 まるでゴミを見るように、堰神が言ってきた。なんだよ。ちょっとぐらい、いいじゃねぇか。

 そこで先に答えてくれたのが八東だった。

「私は、月額20万だよ。マンションの賃貸料はもちろん無料タダ。光熱費や病院、公共交通機関も。あとは、栄養士が作る料理も出るわ」

 序列20位でこの待遇。喉から手が出るわ。

 俺と八東で堰神を見ると、明らかに嫌そうな顔をした後、教えてくれた。

序列1位わたしの場合は、月額80万よ。待遇は、奏美と変わらないわ」

「羨ましいくらいの金額だな……」

「当たり前でしょ? お金がないと変なバイトしたり、はした金で神器の情報を売ったりするから。それに、これは身だしなみを整えるためのお金も入ってるの。序列1位は、学園の、神器の広告塔でもあるんだから、容姿に注意しろって」

「堰神に『バイト』という概念があるのか」

 てっきり、「お金って生えてくるもんでしょ?」とかいう人だと思ってた。

「貴方、私のことを何だと思っているのよ?」

「世間知らず?」

「まぁまぁまぁ!」

 俺の返答が気に入らなかった堰神が飛びかかって来ようとしたが、そこを八東が体を張って止めたので大事に至らなかった。

 もちろん、クラエスも俺を守ろうと間に入ってくれた。ありがてぇ、ありがてぇ。

「ユキトも、あまり人を馬鹿にするな。そんなことをしていれば、人徳が減るぞ」

「以後、気をつけます」

 クラエスの言うことも最もなので、反省しておかなければ。馬鹿にされたからといって、俺までそこに堕ちることもないからな。

「獅童君って、彼女さんには素直なんだね」

「だから、彼女じゃないって」

「あ~、そうそう。お父さんの知り合いで同居人ね」

「そう、それ」

 訂正させたけど、八東のあの目は信じていないな。どうすれば信じてもらえるのか。

「さっきは聞きそびれたけど、獅童成典さんは、今どこに居るの?」

「知りません。ちなみに、博物館襲撃の犯人も知らないから、俺に聞くなよ」

 父さんはあの部屋に居るし、博物館の襲撃者も父さんで確定しているけど、これは墓場まで持って行かなければいけない話だ。

「はぁ~い、はいはい。イリヤは私とお話しようねぇ~」

 空気を読んだ八東が、堰神に腕を搦めて先を歩き始めた。初めは戸惑った堰神だったが、存外に悪くはなかったようで、手綱を握られた馬のように従順に歩き始めた。

「桜花病院までもうそろそろだけど、お見舞いの品とか持って行かないの?」

「先々週持って行ったから、今週は無しだ」

「えぇっ!? だってお見舞いでしょ?」

「金がねぇんだよ」

 言わせんなよ恥ずかしい、を地で行く会話だな。俺に甲斐性が無いせいで、ずいぶんと情けないお見舞いになっているのは自覚している。

「あっちに良いお店があるわ」

 八東が何を考えているのかオロオロしていると、それを見かねた堰神が、今度は逆に手を引いて歩き始めた。

「あっ――と、獅童君!」

 歩き始め、見送る俺の手を八東が掴んできた。

「クラエスさんも、一緒に来て!」

「クラエス助けて!」

 なんで俺まで連れ去られるのか、とクラエスに助けを求めるが、八東に呼ばれたクラエスは大人しく、俺と手をつないで歩き始めた。

 それほど広くない道を、4人が手をつないで歩いて行く。小さな子供には笑われて、怖い見た目の人にはガンをつけられる。なぜ俺がこんな目に会わなければいけないのか……。

 そしてたどり着いたのは、一軒の可愛らしいお店だった。

 ドアを開けると、カランコロン、とカウベルの音と一緒に、ふんわりとした甘い香りが出迎えてくれた。

 看板を見ていなかったので入るまで分からなかったけど、どうやらここはケーキ屋のようだ。

「イリヤの目的地はここだったの」

「あそこから一番、近くて美味しいところはここくらいしかなかったから」

 美味しいという割には、人入りが少ないようだ。ショーケースの中身も種類が少なく、代わりに焼き菓子のたぐいが多い。

「裏通りだし、短い時間しかやっていないし、夫婦でやっているから種類も少ないしね」

 不躾に店内をジロジロと見過ぎたのか、八東がこの店に客が少ない理由を教えてくれた。

 確かに、裏通りには人が少ないし、表にはこの間、俺が行った有名店などが軒を連ねている。ここが目的じゃない限り、表通りで用事は済ませてしまうだろう。

「いらっしゃい。こんなに小さいお店に来てくれて、ありがとね」

「ここ、美味しいですから」

 頭にピンク色のバンダナを巻いた奥さんが、奥から出て来た。ガラス張りになっていた向こうでは、明日の仕込みだろうか、旦那さんと思われる男性ががボウルをガシガシやっている。

「妹さんが好きなケーキって何かしら?」

 奥さんと話していた堰神が、突然、俺に話を振って来た。

「何でも食うぞ? あぁ、でも、生クリームばっかりの奴は好きじゃないって言ってたな」

 ――と、そこまで言って、はたと気づいた。

「えっ? 病院まで来るの?」

「いけない?」

「いけなくはないけど、妹のこと知らないだろ?」

「知らなければ、お見舞いに行っちゃいけないってこともないでしょ? それに、貴方が紹介してくれればいいじゃない」

「そりゃそうだけど……」

 先ほどのやりとりを、病室でもやらないか心配していると、八東が「大丈夫、ちゃんと見てるから」とありがたい言葉をくれた。

 堰神はショーケースに並んでいるケーキと、棚に置かれているクッキーやフィナンシェといった焼き菓子を適当に見繕うと、お金を払って俺に渡して来た。

「なんで俺なんだよ」

「知らない人から受け取るよりも、身内から受け取った方が安心して食べられるでしょ?」

「うちの妹は、そんな命を狙われるような生活はしてねぇよ。堰神が買ったんだから、堰神が渡してやれよ。その方が喜ぶし」

「そう? じゃぁ、そうさせてもらうわ」

 俺が断ると、堰神は素直にその通りにした。なんだか、よく分かんない性格だ。

 そのまま、いつも通りの道に戻り桜花総合病院へたどり着くと、受付を済ませて女性病棟の妹が入っている病室まで行く。

「瞳、入るぞ?」

 開きっぱなしのドアをノックしてから中へ入る。

「いらっしゃい、おにーちゃん、クラエスさ――!?」

 俺とクラエスと一緒に入って来た、堰神と八東を見て妹が固まった。

「えっ……? ちょっ……、この二人は……!?」

「同じ学校に通ってる、堰神と八東。ちょっと用事で話す機会があって、そのまま見舞いに来てくれた」

「初めまして、瞳ちゃん。八東奏美って言います。お兄さんと同じ学校に通ってます」

「初めまして、堰神です。あと、これ、お見舞いのケーキ。良かったら、食べてください」

 二人が自己紹介をすると、妹が固まってしまった。

「えっ、えっと、あの、何で二人がおにーちゃんと一緒にお見舞いを……?」

「成り行きで付いてきただけだよ」

「えぇっ!? それこそ、あり得ないでしょ? だってほら――」

 堰神から貰ったお菓子が詰まった袋をテレビ台に置き、その下の本棚をゴソゴソと漁りだし、雑誌を取り出した。

 取り出したのは『月刊 プロジェクトΖ』という神器の専門誌だ。買う人がそれなりに居る癖に、一冊1500円もする。妹がなけなしのお小遣いで買っている、数少ない雑誌だ。

「ここ。堰神さんは、神代かみしろ学園の序列1位で、八東さんも、序列21位じゃない! そんな人が、最下位のおにーちゃんと交流があるわけ……」

 神代かみしろ学園特集の記事のページ。そこには、序列とその神器遣いの写真、そして一口コメントが載っていた。

「泣きそうになるから、そこまでにしておけよ。俺だって日々、進化してんだ。Eクラストップになったって、前に行ったよな?」

「そうだよ、瞳ちゃん。その記事は、ちょっと古いわね。今の私は、序列20位になったんだよ!」

 俺を肯定するように見せかけて、自分の話を被せてくる。これが、トップ組のやり方だ。今、知ったわ。

「そうなんですか!? おめでとうございます!」

「ありがとう! 瞳ちゃんから祝福されて、私、嬉しい!」

 ぎゅっ、と妹の手を握る八東。それを見ていた堰神は、少しだけ頬を膨らませた。

 1年の終わり辺りから今まで、ずっと序列1位を守って来た堰神。常に1位のため、順位変更による賛美が無く、先ほどまで自分が持って来たケーキに夢中だった妹の意識が八東に行ったのが面白くないんだろう。

 こいつ、結構、器が小さいな。

「なに……?」

「いや、別に」

 堰神の横顔を見ていたのがバレたようで、少し不機嫌気味に言われてしまった。

「貴方が上に行きたい理由は、妹さんの治療費?」

「まっ、それもあるな」

「正直に言って欲しいんだけど、獅童成典に教えてもらった技術、それは本に載っているもの以外にどれくらいあるの?」

「さてな。どれくらいあるんだろう?」

 茶化して言うと、キッ、と堰神に睨まれた。その視線から逃れるように、クラエスの後ろに隠れる。

「お前たち、ヒトミともう一人のことを見習え、全く」

 子供のようなやり取りをしていたら、クラエスに怒られてしまった。

 それに、妹が「そうだよ、おにーちゃん」と便乗し、名前を読んでもらえなかった八東は「八東でぇーす」と、クラエスに改めて自己紹介をした。



 その後、堰神も交えて妹は神器の話に花を咲かせて、皆でお見舞いの品のケーキを食べた。

 妹は宮前さんを手伝っているので、神器遣いではないのに神器の情報収集は欠かさず行っている。そもそも、俺が神代学園に通っているから、学園の序列についても良く調べている。

 宮前さんは外で神器の話をする人じゃないし、俺も特に話すようなこともない。だから、二人から聞く、トップクラスの世界について興味が尽きなかったようだ。

 初めは、家でのこともあって堰神と八東を連れてくるのが嫌だったけど、堰神が空気を読んだのか、八東が動かなければいけないことは無かった。



「それじゃあね、瞳ちゃん」

「はい! 良かったら、また遊びにきてください」

 昼前の健診が始まるので、俺たちはいつも通りの時間で病室を出て行った。

「いやー、考えてみると、お見舞い何て初めてかも」

「そりゃ良いことだ」

「家族みんな、私を含めて超健康体だからねぇ~」

 それは、八東を見ていれば分かることだ。あれだけ、一日を練習の時間に割いておいて、これだけ元気なんだから。

「イリヤのご家族も元気なんだよね?」

「あまり会っていないから、分からないわ」

「そうだっけ?」

 堰神のような子供が居れば、家族も鼻が高いだろう。

 父さんも生きていれば、今の俺を見てどう思っただろうか?

「あっ、そうだ」

 病院の総合受付を通り過ぎ、大扉から病院外へ出たところにあるタクシー乗り場で、八東は気づいたように声を出した。

「毎日や付きっ切りってわけにはいかないけど、神器の練習をする時は特別に付き合ってあげる」

「あの技は教えないぞ?」

「違うって。それはもう良いの」

 もういいのか、と思い、一番、聞きたがっていた堰神の方を見ると、こちらも本当にもういいの気にも留めていなかった。

「豪気だな。どういう風の吹き回しだ?」

お兄ちゃん・・・・・には、ちょぉ~っとばかし頑張ってほしいと思ってね」

「瞳のことか」

 宮前さんの援助があるとはいえ、できることなら自分で治療費を稼ぎたいと思っている。それだけが理由ではないが、だからこそ神代かみしろ学園で上位へ食い込み、お金を貰えるようになりたい。

「別に、施しをしようとは思っていないわ。私は、戦いを通して獅童君の技を盗ませてもらうし。獅童君は、基礎から序列20位の戦い方まで学び、制覇大会へと参加する」

 「WIN―WINでしょ?」と八東は言った。

 さすがに美味過ぎる話だし、俺の技だけ盗まれそうだ――と初めは思ったが、今日のやりとりを通して2人がそんなことをするような奴ではない、ということは理解している。

 制覇大会まで日数が無いことを踏まえると、八東の申し出は嬉しい。ここは、俺の技を盗まれても良いから、基礎を引き上げないといけない。

「分かった。よろしく頼む」

「よし来た! そうこなくっちゃ!」

「悪いが、そう簡単に盗まれるようなつもりはないから、せいぜい長いこと俺に付き合ってくれ」

「良いね。イリヤもそういう人、好きだと思うよ」

「何で堰神が出てくんだよ」

 それじゃ、と軽く別れの挨拶をすると、堰神と八東はタクシーに乗って走り去ってしまった。

「ブルジョワジーめ」

「毒を吐くな、毒を」

 「私たちも帰ろう」とクラエスに手を引かれて帰る。

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