楽しい異変ー4
「ちょっとお話をよろしいですか?」
いつも通りの月曜日。登校しようと駐輪場から自転車を出し、アパートの敷地外に出たところで声をかけられた。
声の主は、スーツ姿の男女2人組だった。男性は50代くらいで、女性は20代くらい。上司と部下といった感じだ。
「すみません。学校へ行かないといけないので」
「獅童幸徒さんに、大切なお話がありまして」
明らかに怪しい2人組の脇を抜けて行こうとすると、再び男性から声をかけられた。
「お父様――獅童成典さんと
「――雑誌の記者の人ですか? 知っていると思いますけど、父さんはどっかに行ってるし、話のネタになるようなこともないです。さようなら」
「なるほど、記者には色々とひどい目に合わされたようですからね。ですが、ご安心ください。我々は、貴方の味方です」
早足で2人組を撒こうとするが、2人はそれを上回る速度でついてきた。
「まぁまぁ、まずは名刺でもと」
そういい男性が差し出して来たのは、『竜と太陽の神話会』と書かれた名刺だった。
この時点で構いたくない。構ってしまったら、後々の人生で大変なことになる。
「いえ、いりません。宗教に興味はないんで」
「そう言わずに、まずは名刺だけでも」
「自分、名刺とか貰えるような身分じゃないんで」
「博物館から竜王の魂を開放した功労者である、獅童成典さんの息子さんに貰って欲しいんですよ」
「博物館の襲撃者が父のように言うのは止めていただけませんか? 貴方のような、噂を適当に振りまく人が居るせいで苦労をしている人間も居るんですよ?」
怒気を孕みながら言うも、男性は気にした様子もなく微笑んでいるだけだった。
Eランクの最下層に居た時は声もかけて来なかったくせに、ちょっとでも実力があると見たら、こうしてすぐに声をかけてくる。腹立たしいこと、この上ない。
父さんは竜王の魂を開放した人間と言えるし、俺はその解放者の息子として、こいつらにとって良い広告塔になるからだ。
こいつらが言っていることが半分は正しいとしても、こんな奴らに使われてやる義理はない。
「それは失礼しました。獅童さんのお家の方に、
「――ッ!?」
男の言葉に、目の前が真っ白になるほど驚いた。驚き、声を上げたり男の方を見なかった自分を褒めてやりたいが、次の言葉を出すまでに変な間が開いてしまったのが良くなかった。
「――マジでそんなのが居ると思っているんですか? だとしたら、俺じゃなくて超常現象雑誌を読んだ方が、よっぽどためになりますよ」
「愛読しています。少々、我々と見解が異なりますが、あれはあれで物事を客観的に見ることができる良い雑誌だと思っています」
読んでいるのかよ!
驚きで突っ込んじまいそうになったわ。
「同じ雑誌を読んでいる好として――」
「読んでないです」
「――お話だけでも聞いていただけたら、と思いまして」
「すみませんが、危険な活動をしている人たちとは関わるな、と校則にも書かれていますので」
これは本当にそうだ。危険な団体だけではなく、危険な場所にも近寄るな、と書かれている。たぶん、これはどこの学校でも同じことが書かれているだろうけど。
「そういった過激な者も居るには居ますが、我々とは違う団体の者です。昨今、目に余る行動は、我々でも苦慮している次第です。その辺りの誤解を解くためにも、お話をさせていただけたら、と思ってい――」
「先を急ぐから」
律儀に話すこともなかった。二人とも徒歩だし、どこかに車を止めていたとしても、車が入って来られない道を通ればいいだけだ。
「では、帰って来てからお話を」
「次は警察を呼ぶから、辞めてください」
振り切り自転車にまたがる。
「本日は、お話をきいてくださり、ありがとうございました。また後ほど、よろしくお願いします」
走り去りぎわに、そんな言葉が聞こえた。
チラリと後ろを振り返ると、男は頭を下げていた。対して、今まで一言も話さなかった女性の方は頭を下げず、ほがらかな異性にモテそうな笑みを浮かべて、俺に手を振っている。
「何なんだよ、もう……」
その異様な光景に、通行人は俺とその男女二人組を交互に見ていた。絶対に面倒くさい噂が立つフラグだ。
交通法規上やってはいけないことだが、すぐにクラエスに電話をして、やって来るかもしれない変な二人組と話さないように注意を促しておく。
□
正直、学校での授業はそれほど退屈ではなかった。辛いことも多かったが、それ以上に今の俺には学ぶべきものが多かったからだ。しかし、それは座学に限ってだ。
宮前さんから貰った、竜核、魔力核を切り替えることができる切り替え式神器を手にしてから、Eクラスでは負けなしとなった。
当初はあれだけ煩かった連中――斎藤やそれの取り巻き――も次第に息を潜め、今ではひと月前と打って変わって静かな1日を過ごせている。
朝の出来事はあれだったが、今日も1日、静かに過ごせそうだ。
「あっ、居た、居た。おぉ~っい! 獅童くぅ~ん!」
突然、廊下から俺の名を呼ぶ声が聞こえたのでそちらに目をやると、ここでも心臓が止まりそうになった。教室の出入り口に立っていたのは、序列20位の八東だったからだ。
AクラスがEクラスに来ることはまずない。だから、突然のAクラスの生徒が来たことで、クラスは騒然とした。
「入るよ」
他クラスに入るのは、例え用があったとしても少しはためらうもの。
しかし、八東はそんなことお構いなしに、扉近くに居た関係ない生徒にそういうと、ズカズカとEクラスの教室へ入って来た。
「おはよ。いや、こんにちは、かな?」
「こ、こんにちは……?」
「あっ、こんにちは、か」
「この時間の挨拶ってどっちで言うか難しいんだよね」と世間話をしながら頷く八東。
それからベラベラと関係ない話をするけど、ここまで来た理由が分からなかった。
「いや、それより何の用?」
まさか、本当に世間話をしに来たわけでもあるまい。それに、周りの視線が痛くてしょうがない。
「あぁ、そうだった。土曜日の約束の話、今日から始めたいんだけど良い?」
「土曜……? あぁ、あれのことか。……えっ? 今日から!?」
「何か問題でもあるの? 私もイリヤも時間が空いていたから、せっかくならやろうと思って」
「ダメなの?」と聞いてくる八東。しかし、俺が答えに窮しているのはそこじゃない。まさか、こんなに早くから始まるとは――そもそも、本当にやるとは思っていなかった。
「大丈夫だ。放課後に、どこに集まればいい?」
「第一運動場が借りられるから、そこでね」
「分かった」
「じゃ、放課後」
要件を伝えるだけ伝えて、八東はEクラスを出て行った。
残ったのは、珍客がかき乱すだけかき乱していった変な空気と、一斉に携帯で書き込むタップ音だけだった。
ほとんどの生徒が、
『獅童が序列持ちと何かやるらしい』と。
確かに正解だけど、これでは何か悪いことをするようじゃないか。
それと一緒に見つけた内容が、朝のアレだった。
『
その後には色々と、「犯罪を企んでいるんじゃないか」といった身勝手な話が続いていたので、警察に通報しておいた。嘘を真のように流布するのは良くないわ。
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