楽しい異変ー5

 放課後になり、俺は休憩中に八東から言われた通り強化素体を着用した状態で、第一運動場までやって来た。

「遅い!」

「やっほー」

 そこには、俺と同じく強化素体を装備した堰神と八東がすでに待っていた。

 いつも通り明るい声で挨拶してくる八東は良いとして――。

「なんで堰神が……?」

「なぁっ!? 何でそういうこと言うのよ!」

 昨日の話や今朝の話の流れから、ここに来るのは八東だけだと思っていた。

 てっきり、堰神は興味が無くなったか「何でわざわざ付き合わないといけないのよ?」とか言って、そのままだと思っていた。

「まぁまぁ、いいじゃない。3人寄らばなんとやらって感じで、一緒にやった方が何か見いだせるかもしれないし」

「私は、あの技を引き出せれば、さっさと帰るわ」

「イリヤも、そういうこと言わないの!」

 あくまで堰神のスタンスは変わらないようだ。序列1位が俺の訓練に付き合ってまで、あの技が欲しいと思うのか。

 確かに見ない技だとは思うけど、まず相手と接触しないといけないし、高高速戦闘をする堰神には合わない技だと思う。

「じゃあ、まずは獅童君の技量を測りたいから、一度、手合わせをしよっか?」

「分かった。――とは言いたいんだけど、本当にここでやるのか?」

「えっ? 第一運動場ここが一番、広いからイリヤの名前を使ってわざわざ借りたんだけど?」

「そりゃ、まず借りられることができない場所を借りてくれたのは嬉しいけど、周りの視線がな……」

 まず、周囲全ての生徒が考えているのが、「なぜここに序列1位が居るのか」と言うことだ。序列20位の八東とつるんでいるのはよく見るので、一緒に居るのは不思議ではない。

 さらに奇異の目に拍車をかけているのが、Eクラスの生徒の俺という存在だ。

 2人と俺は絶対に交わることがない地位に居る。

「上に来たら、嫌でも見られるわ。貴方が本当に上に来る気があるなら、今からでもこの視線に耐えられるように訓練しないとダメよ」

「視線に耐えるくらい、普段からやっとるわ。それより、2人は良いのかってことだ」

「どういうこと?」

「Eクラスの俺と一緒に居れば、よからぬ噂を立てられるってことだ。そもそも俺は父さんが――」

 と、そこまで口にして止めた。それは、八東が俺の手を握ったからだ。

「世間はそう言っているかもしれないけど、私たちは関係ないから。そもそも、獅童君と一緒に訓練したからって、私たちに何らかの不利益があるかって言われたら、掲示板でよからぬ噂を立てられるだけだから」

「それが問題になるだろう、って言って――」

「気にしているのは、この場で獅童君だけ。ちなみに、この会話している時間も常に流れていて、無駄な時間ってのは分かるよね? この時間が続けば続くだけ、獅童君が強くなれる可能性はどんどんと減っていく」

 「それでもこの会話を続ける?」と言われては、首を横に振るしかない。せっかく得たまたとないチャンスなんだから、有効利用しなければいけない。

「じゃぁ、まずは――」

「私が手合わせするわ」

 名乗りを上げたのは、堰神だった。練習は八東か高速ボットばかりの堰神が、それ以外の人間とやるのは珍しく、周囲からどよめきが上がった。

「始めるよ」

 周囲の反応に何かいう訳でもなく、堰神は八東の言葉に頷くだけだ。ならば、俺もそれ以上のことを言うつもりはない。

「じゃ、構え」

 サッ、と互いに睨み合い構える。瞬間、目の前にウィンドウがポップして『戦闘データを記録します』という表示と宮前さんの名前が出た。それと同時に、『フィールド内で動画撮影をされています』とも。

 前者は、この切り替え式神器の性能を確かめるために、『戦闘データを取る』と宮前さんが事前に説明していたものだ。

 後者は周りに居る生徒の誰かが面白半分に撮影しているか、堰神のデータ取りのために撮影しているんだろう。

「始めッ!」 

 八東の開始の合図と共に、堰神が消えた。斎藤のような荒々しいものではなく、そよ風に乗る綿毛のような静けさで。

「ウッ!?」

 見えない何かに突き動かされるように、その場で飛び上がり宙返りをする。

 瞬きもできぬ間の出来事だったが、宙返りしている途中、下方を見やると俺の胴体があったところに、堰神の細い刀型の粒子刃フォトンブレードが付き出されていた。

 咄嗟に動いたが、良いように場が流れた。真下には、堰神の無防備な背中がある。

「(もらった!)」

 堰神の背中に、俺の腕に仕込まれた粒子刃フォトンブレードを突き刺せば良い。掠っただけでも評価につながるから儲けもんだ。

「反応は悪くないわ。でも、遅い」

 背中に目が付いているのか、と錯覚させるほどの正確さで、堰神は反対の手に隠すように持っていた刀を、俺の粒子刃フォトンブレードにからめるように突き刺す。

「フッ――!!」

 俺の粒子刃フォトンブレードと堰神の刀が絡み合い外れなくなると、堰神はねじ伏せるように俺を地面に叩きつけ、ガリガリガリ、と地面にこすりつけながら、投げ飛ばした。

「ガッ!? くっそ――!」

 堰神イリヤの神器は『剣仙』。超近接戦闘用の高高速タイプ。今は俺と同じ強化素体だから多少、勝手は違うだろうけど前情報にあった「力は弱い」とは到底、思えない力強さだ。

 俺の粒子刃フォトンブレードに、自らの実剣の刀を絡ませて、さらに投げ飛ばすとは完全に予想外だった。

 それでも――!

「うぉぉぉぉぉぉお!!」

 地面に粒子刃フォトンブレードの爪を突き立て、急制動をかけて次撃に備える。

 俺が立てた砂煙の向こう――視線の先に堰神は居ない。また消えた。違う、視界のほんの少し外に――。

「セイッ!」

 明らかに首を狙った、頭上からの回転切り。訓練時は、体に触れた瞬間に減衰効果があるとはいえ、機械の不具合によってはそのままの力で切られることもある。

 事故れば、そのままお陀仏、あの世行だ。

「おっ、お前! 何、考えてんだ!」

「早く、あの技を見せないさい」

「あぁ、そうだよな。お前はそれしか考えていないッ!」

 ――ット、と堰神が地面に足を置いた瞬間を狙い、左腕の籠手から出現させた粒子刃フォトンブレードを突き刺す。

「だから、遅い――」

 俺が付き出す粒子刃フォトンブレードを見て、堰神は余裕の表情で避けようとする。

 しかし、次に聞こえた音は、バヂバヂバヂ、という粒子刃フォトンブレード同士が鍔迫り合いを起こすときの音だった。

「なっ!? くぅ……!」

 驚愕の表情をする堰神。この試合の様子を見ていたギャラリーもまた、堰神と同じくらい驚愕に満ちた声をあげた。

「フンッ!」

 鍔迫り合いは拮抗しているかのように見えるが、しかしそれは違う。少しずつではあるが俺の方が押し始めている。

 先ほど、俺の粒子刃フォトンブレードに自らの刀を突き刺し、俺を投げ飛ばした堰神の強化素体のパワーは想像以上だと勘違いしていた。

 確かに、俺の粒子刃フォトンブレードを止め、そのまま投げ飛ばす、という滅茶苦茶をしてきた。瞬発的な力は凄まじいものがある。

 だが、こうして取り付き常に力を加えていると、次第に向こうの押し返す力が弱まっていることが分かる。

「やっぱりな。そういうことか」

「なんなの……!? 足が動かない……」

 合点がいった俺に対し、堰神は未だ驚愕の表情を消せていない。堰神お前が望んだ状況だというのに。

「貴方、いやらしい性格をしているわね」

「そうか?」

「こうして追い詰めるだけ追い詰めて、とどめをささないだなんて」

 とどめをささない・・・・んじゃなくて、とどめをさせない・・・・だけだ。

 これは、俺の詰めが甘かっただけ。堰神の足が動かないのは、地面に付けた手――爪型の粒子刃フォトンブレードを糸にしたものを、地中から堰神の足に巻き付けているだけだ。

 俺の予想では、こうして鍔迫り合いをすると同時に、俺を投げ飛ばした時のような力で、堰神が無理矢理、地面から足を外すはずだった。

 この時、俺の技でワンテンポ反応を遅らせ、堰神に隙を作る予定だったのが、堰神は地面から足を外せなくなってしまった上に、俺はこうして鍔迫り合いに持ち込んでしまった。

 捕まることが絶対にない、と言われていた堰神を捕まえてしまい、俺の方が驚いてしまい、今度は俺の方が行動を起こすのが遅くなってしまった。

 結果、どう動こうとも堰神に対処されてしまう。鍔迫り合いというクールタイムを作ってしまった。

「舐めないでちょうだい」

「舐めていられる状況かッ!?」

 あと少しで押し切れる、と思った瞬間、地面への縛りつけが甘かったのか、堰神は地面の破片をまき散らせながら俺の横っ腹を蹴り上げた。

「グフッ!」

 高高速タイプのくせに、どこにこんな力を発生させる機構があるというのか。

 蹴り上げられると同時に右手が地面から離れてしまい、それと同時に堰神を縛りつけておいた糸も外れてしまった。

「まさか貴方、私の体にそれをッ!?」

 そんな使い方もできるのか、と笑うように叫びながら、堰神は俺へ回し蹴りを放つ。

 重くはなく、当たっても重大なダメージにはならないと思うが、一撃目をバク転で、二撃目をバックステップで避ける。しかし、瞬時に肉薄した堰神の三撃目を避けることが叶わず吹き飛ばされる。

「あがっ!」

 後頭部から地面に着地し、回る視界で捕らえたのは、俺の上に飛び乗る堰神だった。

「参った! 降参だっ! 八東! やとーう八東!」

 降参の叫びも空しく、俺に飛び乗った堰神は手に持つ刀を突き刺した。

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