楽しい異変ー1

 学校生活が変わったのは、俺が故障していない神器を手に入れてからだと思っていた。しかし、それはただ単に『過ごしやすくなった』というだけだ。

 本当の意味で、学校生活がガラリと変わったのは、月曜日に俺が自他共に認めるEクラスのトップになってからだ。そこで、神代かみしろ学園序列1位に目をつけられた。

 普通の生徒であれば、憧れの人に構ってもらえるようになった、だとか、訓練相手ができた、と喜ぶところだろうけど、俺にはそのどれもが困りごとだった。

 まず、序列1位だからといって俺には憧れの人ではないこと。そして、今の俺では訓練相手にもならず、一方的にボコられるだけの存在でしかないからだ。

 それに、特に問題となっているのが、最近、堰神が俺に会いに来るようになってしまった。いや、俺が斎藤戦で使った技を知りたいだけだろうから、俺に会いに来ている訳じゃないな。

 そういったことで、俺はちょっとした今まで以上に有名人になってしまった。

 有名になれば人目が増え、採られる情報が増える。そうなれば、俺が制覇大会の時の虎の子を出したとしても、知られてしまっている可能性がある。

 俺が制覇大会で勝てる可能性が少なくなる要因の一つだ。

 毎日、人気が少ない時間帯に登校して、帰宅も早々にする。最下位を脱したので、洗濯もやらなくてもよくなったので、これが地味に助かる。

 普段であれば日付が変わってから帰っていたけど、寄り道せずに帰れば午後5時には帰宅できる。夕飯の食材を買って帰っても、プラス1時間程度だ。

 とはいっても、さすがに何の運動も神器の練習もせずに当日を迎えるほど俺は強くないので、ひと月だけトレーニングジムに通うことにした。

 学校よりもトレーニング器具が少ないし、トレーナーも運動専門の人しか居ないので、そこが少しだけ不安だった。



 そして、やってきた休日。全てのストレスから解放され、英気を養うことが出来る休みの日。

 今日は訓練ともども、さすがに休んだ方が良い、と思ったので完全きゅじつにした。朝食は俺が作ったけど、片づけはクラエスにお願いした。

「最近、顔が明るくなったな」

「そうか?」

 堰神に追いかけられる日々が続いていたけど、Eクラストップになったおかげで、ストレスの原因の一つが排除されたのが大きい。

 あの日以来、斎藤も大人しくなり、俺にちょっかいを出すことは無くなった。

 それもそのはずだ。Eクラストップとして、デカい顔ができていた斎藤王国は崩壊した。それに、取り巻きはまだ入院中だし、クラスメイトの3分の2は俺の下についた。

「クラエスが来てから、世界が変わった。クラエス様々だな」

「私が居なければ、ユキトの世界も変わらなかっただろうがな」

 悪気はなく、なんの気なしに発してしまった言葉だったが、クラエスに竜王の魂を返さなければ――その存在すら知らなければ、俺は神代かみしろ学園で普通に学校生活を送れていたんだろう。

「すまない……」

 俺が黙っていると、クラエスが小さな声で申し訳なさそうにつぶやいた。

「違う! クラエスに竜王の魂を返すことを選んだのは父さんだ! クラエスは悪くない!」

 「こっちこそ、ごめん」と謝ると、クラエスは微笑んだ。この話題はかなり地雷なので、今後は話さない方が良いかもしれない。

 重くなってしまった空気がいっぱいの部屋。休日で家から出ないことを決意してすぐに、こんなことになってしまった。

 別に外に逃げる気はないけど、空気を変えるための起爆剤的な物が欲しいな――と、そんなことを考えていたら救世主のチャイムが鳴った。

「宅配便だな」

「私が出る」

 多分、肉が届いたんだろう。ネット通販で牛肉がブロックで販売されていて、それがとても安かったからポチってみた。

 明らかにヤバそうな値段だったけど、一応、有名な販売店だったから買ってみた。

 今まで節制に節制を重ねて過ごしていたけど、クラエスが来たことで私生活は上向きなり余裕も出て来た。ここらで贅沢をしようと思って頼んだんだけど、意外と早く届いたようだ。

 ドアを開けてクラエスが宅配便の人と話す。――話しているけど、判子を押すだけにしては会話が長い。

「ユキト、ちょっと来てくれ」

 何か問題でも、と思い顔を上げたところで、クラエスから呼ばれた。

「あぁ、分かった。すぐ行く」

 料金はすでに振り込んでいるので金の問題じゃないと思うが、一応、財布を持って玄関へ向かった。

「どうした?」

「いや、この子たちが……」

 クラエスが体をどかすことで、扉の向こう、外に居た人物が見えた。その瞬間、俺は背中に冷や汗が流れる。外に居る彼女たち――その内の一人が楽しそうな悲鳴を上げた。

「きゃ~っ! 居た、居たッ! えっ? 何で、何で!? 何で、こんな綺麗な人と一緒に住んでるの!?」

「休みの日に、なに……?」

 そこに居たのは、序列1位の堰神イリヤと序列20位の八東奏美だった。

 休日らしく、彼女たちの服装は制服ではないが、堰神はいつも通りと言うか予想通りと言うか、ピシッとした格好をしている。八東は、ハーフパンツにTシャツとラフな格好だ。

 姿に関して、堰神はロングの髪を腰まで垂らし、綺麗に整えられた眉はクラエスと似た強い意志を感じるが、大きな瞳は見る者を魅了し、しかし、顔全体が冷めた表情をしているので、近づきがたい雰囲気を放っている。

 八東の方は、外で見た時は竜人外骨格服アークスマイトスーツのバイザーで隠れていたので気にしていなかったが、今は髪を二束流すように垂らし、性格の割には意外と地味な髪形をしている。顔は性格をよく表すスポーツ少女然とした快活で、精力的な爽やかな顔つきをしている。

「無視しないでよぉ~。この人、誰なの~?」

 クラエスを見ながら八東が興奮したように話す。対してクラエスの方はそのテンションについていけず、どう対処すればいいんだ、といった様子で俺の方を見てきた。

「いや、誰の前にどうしてここに……?」

 住所は教えていないので、わざわざネットから探して来たようだ。

「イリヤが、獅童君のところにどうしても行きたいって言って聞かなくって。でも、住所は知らないっていうし、そもそも序列1位イリヤを一人で歩かせるのも怖いしってことで、私もついてきたの」

 校内で会っていた時から思っていたけど、八東の顔は、何か面白いことが起こりそう、といったはた迷惑な顔をしている。

「それで、何の理由で……?」

「あの技を教えて欲しいの。獅童成典……さん・・の」

 今回は、ちゃんと『さん』をつけて来たか。さすが序列1位、物覚えが良いようだ。

「いや、だから教えないって言ってるだろ。ってか、どうやったら諦めてくれるんだよ」

 さすがに、辛い現実と引き離してくれる、不可侵領域の我が家まで来るとは思っていなかった。今、俺の世界は危険に晒されている。

 本当に、どうすれば諦めてくれるんだろうか……。

本当ホント、そんなこと言わずに。詳しくなくていいから、『こんな風に~』って感じでも良いの」

「序列1位の別命はコピーキャットじゃねぇか。相手の技を見て自分の物にしてから対策するって。そんな奴に、『こんな風に~』程度でも教えたら、次の日には自分の技にされてんじゃん」

 「うわちゃ~、バレてたぁ~」と、コメディタッチな動きで額を手のひらで打つ八東。明るい新興宗教の勧誘みたいになってきた感がある。

「じゃっ、じゃぁ、どうすればいいの……?」

「いや、だから教えたくないっ――?」

「わっ、私は、獅童成典の技を……全部……ぜん……」

 断わり続けていると、堰神はまるで幼児のように、服の裾をギュッと両手で掴みながら目を潤ませ、声を震わせ始めた。

「ちゃんと――頼んで――頼んで――のに……」

「わわわっ! イリヤ、大丈夫だよ。私も一緒に頼んであげるから」

 「フー、フー、フー」と、泣き出しそうな呼吸を抑えているせいで、猫の威嚇のような荒い息を吐きながら、堰神は八東の言葉に頷いた。

「じゃじゃじゃ、これならどう? 獅童君の技を教えてくれたら、イリヤの持つ技を1つ……いや、2つ教えるから!」

「超近接戦闘用の高高速でしか使えない技とか、覚えるだけ無駄だし……」

 これも、欲しい人は喉から手が出るほどの話だろう、しかし、残念ながら、俺には全く食指が動かない話だ。

 俺からの拒絶の言葉を聞くと、堰神はやっと落ち着き始めた呼吸が再び「フー、フー、フー」と、泣きそうなのを我慢する呼吸法に切り替わった。

「あーっ、あーあーあー! なら、私が制覇大会までみっちり練習相手になってあげる! ほら、私は中遠距離の神器だから、たぶん獅童君の戦闘スタイルと一緒じゃない?」

 序列20位に、みっちりと訓練してもらえるのは魅力的だ。常に訓練をしている八東であれば、練習相手として申し分ないだろう。

「あっ? ちょっと揺らいだ? 揺らいだでしょ? 今なら、私がここまで通ってイメトレまで付き合ってあげる、アフターサービス付きだよ!」

「フー、フー、フー!」

「って、なんでイリヤがそんな呼吸になってんの!? ダメなの!? 今度は、私がダメなの!?」

 情緒不安定な序列1位のせいで、ここは混沌の渦に巻き込まれつつあった。すでに渦中に入り、沈没してしまっているという見方もできる。

 泣きそうな堰神をなだめる八東を見た後で、その視線を動かしてクラエスを見た。

 クラエスも、この序列1位の対応には苦慮しているようで、「私を頼らないでほしい」という顔をしている。

「獅童さーん、どうかしましたか?」

 半開きの玄関のドアから顔を覗かせたのは、俺の部屋の真下に住む如月さんだった。

「あっ、如月さん」

 上でこれだけ騒いでいれば、何事かと見に来るだろう。社会人の休日は、死地へ向かう戦士の休息だ。邪魔されたくないだろう。

「騒がしくしちゃって、すみません。すぐに帰しますんで」

「んー?」

 謝ると、如月さんは気のない返事をすると共に、涙目の堰神とそれを慰める八東を見た後、その視線を俺に固定した。

「判決、獅童さん有罪。執行猶予無しの禁固刑200年」

「そいつはちょっと重すぎやしませんかね?」

 実質、無期懲役だ。冤罪でこの年数は裁判官もびっくりだ。あっ、今は如月さんが裁判官か。独裁が加速するな。

「ほら、これ。皆で飲んで」

 そおういって如月さんが差し出したのは、毛糸で編まれた手提げ袋だった。その中には、今まで冷蔵庫で冷やされていたのか、汗をかいたペットボトルのジュースが入っていた。

「獅童さんって、こういうの飲まないよね? お友達が来るようになったら、こういったのも用意しておかないとね」

「わぁ~! ありがとうございます! 獅童君、貰っちゃった! 一緒に、飲もう!」

 まだ貰うとも、二人を家に上げるとも言っていないのに、八東は如月さんから手提げ袋を受け取ると、中身を俺に見せて来た。

「あとそれに、皆が使う廊下で大きな声を出すのは、あまり感心しないわね。それに、女の子を泣かせることも。獅童くんは嫌かもしれないけど、まずは家に入れてあげて、それで落ち着いてからちゃんと話せばいいんじゃないかしら?」

「あっ、いや……その……」

「ん?」

 2人に教えるつもりが無いので家に上げる気など毛頭ない。まず家に二人を上げたくなかった。しかし、如月さんが言う通り、外廊下で大きな声を出すのも良くない……。

 それに、如月さんが持って来たジュースもすでに受け取ってしまっている。

 もうこれは、如月さんのいう通りに動かなければいけない状態になってしまっていた。

「分かったよ。とりあえず、入って。それと、差し入れしてくれた如月さんにお礼いって、飲んだら二人とも帰ってくれよ」

 俺が如月さんにお礼を言うと、八東が改めて、堰神も半泣きでお礼を言った。泣いているからダメだと思ったけど、ちゃんとしているじゃないか……。

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