神器遣いー9

 午後は、予定通り実技訓練となり、Eクラスの生徒はもれなく第4運動場に集合した。

 生徒たちは神器を起動せず、トレーニングスーツのみで待機しているが、皆が皆、今から殺し合いが始まるんじゃないだろうか、といった雰囲気に怯えていた。

 この空気の原因は、始業前の教室で起きた一悶着だ。そのこともあり、Eクラスは真っ二つに分かれていた。

 新興勢力の俺と、元からEクラスを仕切っていた斎藤。割合としては、3:7で人数は俺の方が圧倒的に不利だ。

 とはいっても、別にこの人数で戦わなければいけない、という訳ではないので俺の心は軽い。

 そんな異様な雰囲気の中でも、実技担当も教師は涼しい顔で授業内容の話を始める。

「午後からの演習は、いつも通り連携訓練になる。そこで――」

「ちょっと待ってくれ、先生――」

 授業開始前からぶっちぎりでブチ切れている斎藤が、先生が授業の説明をしているにもかかわらず話をぶった切り話し始めた。

「あのゴミの仲間に襲われて入院している間に、いつの間にかあのゴミがEクラスのトップになっているのはなんでだ?」

「クラス内での実技訓練で、彼が勝ち進んだからだな」

「俺は戦ってないッ!」

「学校で発生した怪我で入院した場合は、内申点には響かない。だが、クラス内の序列は不戦勝という形で処理をされ、繰り上がる」

 苛立ちを隠すことなく先生に対して怒鳴る斎藤だが、血の気の多い生徒を多く扱い、場合によっては鎮圧しなければいけない実技の先生は冷静だった。

「あいつは犯罪者だッ! 犯罪者がクラスのトップだと? そんなことが許されてたまるかッ!」

「獅童はちゃんと段階を踏み、Eクラスのトップに来た。獅童がトップになるのが嫌なら、お前がトップになればいい」

「なら、今からこいつと戦わせてくれ。俺の方が強いってことを、今ここで証明してやる!!」

「なるほど、分かった。では、前半の時間を使って今から臨時で順位戦を始めるか」

 普通なら、生徒個人の感情による問題如きで授業内容を変更することはない。

 それを変更し、俺と斎藤の順位戦にしたということは、先生も俺がEクラスのトップに居るのは面白くないってことだろう。

 自分の申し出が受け入れられた斎藤は、俺の方を睨みつけながらニヤリ、と笑った。

 ランドリーでクラエスにボコられたことと、今朝の投げ飛ばされた上に恥をかかされた恨みをここで晴らすつもりだろう。

「それでは、神器を起動し、強化素体になった状態でこちらへ来なさい」

 先生の指示に従い、神器を起動して強化素体を顕現した。それに続き、斎藤も同じく顕現する。

 竜核式神器を使う神器遣いのみがまとえる竜人外骨格服アークスマイトスーツを見た後では、強化素体がとても貧弱に見える。

 魔力を利用したエネルギー兵器をメイン兵装として使用できる竜核式神器と違い、強化素体が装備できる武器は、一般的な兵士が使うような実弾兵器か実剣か粒子刃フォトンブレードのみだ。

 その理由は魔力式神器が生み出す魔力では、身体能力と人体保護のみにしか回せないからだ。竜人の魂を使用している竜核式神器のように、粒子刃フォトンブレード以外の武器にまで魔力を割くことができない。

「銃の使用は不可。刃物は、実剣か粒子刃フォトンブレードのみ使用可とする」

 強化素体は魔力が少ないと言っても、粒子刃フォトンブレードはその消費量が少ないので強化素体でも使える唯一のエネルギー兵器と言える。

 先生から説明があると、斎藤は腰から大剣用の粒子刃フォトンブレードを取り出した。

 色々とやりようはあるらしいが、父さんも実剣を使っていないかったので、許可されているとはいえ実剣の使いどころが分からなかった。

 俺の方は、最近、神器を直したばかりなので得意な武器がない。ちなみに、今までは徒手空拳で戦ってきた。

 それが、本来の実技訓練・・・・・・・だからだ・・・・

「しっ、獅童君。俺の武器……貸そうか……?」

 俺が武器を用意しないのを見て、武器が無いのだ、と判断した俺派のクラスメイトが自分の武器を差し出して来た。

「いや、いいや。一応、あるにはあるから」

 その言葉を聞いて、クラスメイトはあからさまに安堵の息を吐いた。

 せっかく強い奴の下についたとしても、そいつが強化素体を使用した状態で一度も武器を使ったことがないのであれば、それだけで不利になるからだ。

 負けて欲しくない、賭けた人間が武器を使うのが不得手なんて、笑うこともできない。

「今回は時間がないから一度だけの試合だ。準備は良いな?」

 先生から試合方法を聞き、俺も斎藤も頷いた。

「それでは――」

 開始の合図が告げられるその時――。

「ちょっと、ちょっと、待って、待って!」

 上空から飛来して来た竜人外骨格服アークスマイトスーツを装着した神器遣いが、俺と斎藤の間に着陸した。

 青と緑が映える機械的なフォルムをした、フィッシャーが目の前に降りて来た。

「いやー、良かった、良かった。間に合った」

「降ろして……」

 俺たちの試合が始まる前に間に合ったことを喜ぶ八東と、気分悪そうに「降ろせ」と呟く、フィッシャーの腕に抱かれた女子生徒。

 どこかで見たことがあるけど思い出せない。たぶん、Aクラスの神器遣いだったということだけは、辛うじて思い出せるが……。

「何か緊急の事態でもあったか?」

「いやー、違いますって。ちょっと、見学をば……」

 ピッ、と空中にウィンドウをポップさせ、それを教師の方へ差し出した。

 こちらからではフィッシャーの肩兵装が邪魔をして見辛いが、見学が何とかと書かれているのが一瞬だけ見えた。あれは、学校から発行される正式な物だったはずだ。

「Aクラスの生徒が、なぜ最下位Eクラスの試合を見る?」

「知的好奇心って奴ですよ。だって、このまま行けばどっちか・・・・が制覇大会に出るんですよね? 全く予想外の人間が出て来たけど、それまでの情報が皆無過ぎて、このままだと無意味に傷をつけられちゃう可能性もあるんで!」

 そんなこと微塵も思っていないくせに、よくもまぁ、いけしゃあしゃあとそんなことを言えたもんだ。

 ここ1~2週で、Eクラストップまで一気に駆け上がった、俺の情報はどこにもないのはわかる。でも、そんな俺が最上の環境で神器の訓練をしてきたAクラスに傷をつけられるはずがない……。今は、な。

「見学申請書は一人分しかないが、そっちも同じく見学で良いのか?」

 問われたのは、八東が抱えていた女子生徒だ。女子生徒は、八東に地面へ降ろされると2、3度、咳き込み先生を見た。

「いえ、私は八東さんに無理矢理……」

「えぇっ!? 一緒に見てくれるって言ったじゃない! 桃園の誓いもビックリなくらいの固い誓いで、一緒に来てくれるっていったじゃない!」

「いえ、そんなことは……」

 噂通りの軽さで、八東は女子生徒に鬼気迫る勢いで話した。無かった約束を、さもあったかのように言っている気がしてならない。

「それに、これから試合をするのは、あの・・獅童君だよ! 見ていて、絶対に損はないよ!」

 八東が俺の名を呼ぶと、クラス全体が一気にザワついた。Aクラスは最下位のEクラスを歯牙にかけないどころか、存在すらない物と扱っている。

 そんな奴らか、トップとはいえ、Eクラスの生徒の名前を知っているんだから、驚くのも無理はない。

 俺の場合は、昼に屋上で会っている、というのもあるけど。

 しかし、俺の名前に反応したのは、Eクラスの連中だけではなかった。

「獅童……? 獅童幸徒?」

「そうそう。その獅童君」

 女子生徒は、俺の名を呼ぶとこちらを睨んできた。面識はないはずだから、悪評で人を見るタイプなんだろう。

「八東は見学をするようだが、堰神せきがみはどうする?」

 先生が俺を睨む女子生徒の名前を呼ぶことで、その生徒が誰なのかやっと思い出した。

 堰神イリヤ。俺や八東と同じく2年生で、当たり前のAクラス。神代学園での序列は第1位。剣仙という名を持つ神器を駆る、戦乙女などと呼ばれる神器遣いだ。

 竜人外骨格服アークスマイトスーツの戦いとしては珍しく、銃をサブウェポンとして使用し、刀型の粒子刃フォトンブレードを両手に持って戦う、高高速型の戦闘を得意としている。

「それなら、私も見学をします」

 序列1位が、今から試合をする俺の名前を聞いて見学を決めたことで、他の見学者――クラスメイトから遠慮ない驚きの声が上がった。

「チッ!」

 クラスメイトのざわめきに負けない舌打ちをしたのは、先ほどからイライラ度がMAXになっている斎藤だ。

 彼も、Eクラスながらトップを張っていたプライドがあるんだろうが、ネームバリューとしては序列1位に遠く――比べることすらおこがましいほど差がある。

 そんな奴が、下に見ていた俺の方に興味を持ったので、心底、憎く見えるだろう。

「なら、他の生徒と同じように離れて見ておくように」

「はーい」

「それと、八東は竜人外骨格服アークスマイトスーツを着ているんなら、万が一の時のために抗力場ATFを作っておけ」

 先生から指示を受けた八東は「えぇー」とあからさまな態度を取ったが、堰神に引っ張られながら見学席まで行くと渋々といった様子でATFを張った。

「あれっ? そういえば、獅童君の武器がないじゃん! 貸そか?」

 ジュコ、と大仰な音を立ててフィッシャーから取り出したのは、一本の鉄の棒だ。当たり前だが、竜人外骨格服アークスマイトスーツに無駄な兵装は無いので、あれも普通に武器だ。

 たぶん、電磁棒だろう。フィッシャーは中遠距離戦闘用なので、本当に緊急の時以外、使い道がない武器だ。

「いや、俺のはちゃんとあるから良い。それに、高出力型の武器なんか使ったら、普通の神器なんて、魔力が吸われ過ぎて一瞬でダウンしちまう」

 クラエスの魂が入っているので、切り替えれば俺の神器でも使うことができる。

 竜人外骨格服アークスマイトスーツでしか使えない武器がどれほどの物なのか気になるが、今は使わない方が良い。

「では構えろ」

 互いの準備――ほとんど、珍入者のせいだが――が整うと、先生は俺と斎藤を向かい合わせた。

 歯を剝き出しにして、口からは怨嗟の言葉を吐き出している斎藤は、始まった瞬間、飛びかかってくるだろう。

「始めッ!!」

目の前の、斎藤が居た場所の地面が爆発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る