神器遣いー10

 目の前の、斎藤が居た場所の地面が爆発した次の瞬間には、奴が持っていた大剣の切っ先が目の前まで来ていた。

「おっ――」

 体を後ろに引き、顔をそらして剣先を避けるが、その直後に粒子刃フォトンブレードを振り切る力を利用した斎藤の回し蹴りが俺の肩を穿った。

「ガッ!?」

「おぉっ!」

 俺の肩に一撃が入ると、クラスメイトたちが驚きの声を上げ、斎藤派の人間が小さく喜んだ。

 Eクラスで性根が腐っているとはいえ、毎日、遅くまで訓練しているだけはある。体術に関しても、一撃一撃が鋭い。

「どぉしたッ!」

 粒子刃フォトンブレードという、大剣に見合わず軽量な武器なため、その切っ先はかえがえす俺に迫る。

 切っ先が俺に触れそうになる度に、歓声、ため息、悲鳴といった様々な声が周囲で沸き起こる。

「やってみろよ! 調子チョーシワリぃのか? ほら、ほら、オラッ!」

 切る、切る、蹴る。間髪入れずに繰り出される攻撃に、とりあえず・・・・・防戦一方だ。

「オ――ッ!?」

 蹴りから逃れようとバックステップで避けた瞬間を狙い、試合開始時と同じように斎藤が跳び俺に肉薄する。しかし、粒子刃フォトンブレードが振り下ろされる前に、意趣返しのように斎藤の脇腹に回し蹴りを突き刺す。

「ガハッ!?」

 防戦一方だった戦いから、突然の反撃。防御動作が遅れた斎藤は、俺の蹴りをモロに脇腹へ受け肺の息を一気に吐いた。

 しかしそれも、瞬き程度の停止。俺の攻撃を受けた斎藤は、顔を真っ赤にして連撃を始めた。

「テメェ、調子チョーシのってんじゃねぇぞ、ゴラァ!! テメェのその顔、ムカつくんだよっ!!」

 それなりの努力家でそれなりに技術もある斎藤は、このように切れやすく我慢が出来ないので、いつまでたってもEクラスでお山の大将をしている。

 自分の武器や蹴りが当たらないのに、俺が放った蹴りを受けてしまい、しかもギャラリーから発せられた落胆の声を聞き、一気に怒髪天を突いた。

「ムカつくなら、ちょっかい出してんじゃねーよ。この、かまってちゃん・・・・・・・

 一方的な暴言を黙って受けていたところで、名一杯、皮肉を込めた声色で馬鹿にする。これで、斎藤はただの猿になってしまった。

「クソクソクソクソシネシネシネシネ!!!!!!!!」

「あーあぁ……」

 棒立ちから始まった粒子刃フォトンブレードの連撃。それを見たギャラリー――その中でも八東が心底、面白くないといった声色で大きくため息を吐いた。

 こうして戦っている俺の耳元にも届くほど大きな声ということは、隠すことなくわざと大きな声で言ったのかもしれない。

 しかし、頭に血が上っている斎藤の耳には届いておらず、先ほどから同じ言葉を繰り返し粒子刃フォトンブレードを動かす人形に成り下がっている。

 早い。かなり早い連撃だが、あまりにも分かり易い太刀筋のため、今までのようにバックステップをすることなく、立ち止まったままの体裁きでどうとでもなる。

 太刀筋が直線的になった――と思わせてからの袈裟切り。有機的な半円を描き、返す刃でそのまま斜めに粒子刃フォトンブレードを振り上げた。

 避ける俺の左腕ギリギリを、斎藤の粒子刃フォトンブレードが奔る。バチバチバチ、と斎藤の粒子刃フォトンブレードと俺の左手の間で紫電が舞った。

「ヒヒッ!!」

 「ミスったな!」と声に出さないが、紫電舞う俺の腕を見た斎藤の顔が語っている。

「どれくらい強いのかと思って攻撃しなかったけど、ワンパじゃねぇか」

「なっ――? あ”ぁっ!? 動かねぇぞ!?」

 粒子刃フォトンブレードは反発し合うので、実剣のように切り合いで刃が噛み合ってしまい引きにくくなることがない。

 だが、斎藤の持っている大剣の粒子刃フォトンブレードは、押しても引いても俺の腕から動くことはない。

「なっ、何が起こってんだよ! 何してんだよ、テメェ!!」

 さらに、爆ぜ合う粒子刃フォトンブレードに変化があった。それは、薄朱色うすあかいろの斎藤の粒子刃フォトンブレードに金色のが混ざり始めた。

 その筋は瞬く間に斎藤の粒子刃フォトンブレードの全体に広がっていくと、終いには粒子刃フォトンブレードを持つ斎藤の手まで到達した。

「うっ、うわっ!? 何だ、これ! 何で離れねぇんだ!? オイ、ゴミクズ! 何しやがった! 放せクソがっ!」

 剣が動かなければ、それを持つ手も動かない。その手が動かなければ、間合いを取れないので間合いも取れない。

 突然の出来事に焦り、怒鳴る斎藤を俺は冷めた眼で睨む。

「セット――」

 呟くと、フリーだった俺の右手に黄金色の爪が現れた。これも、大きなくくりでは斎藤が持っているような粒子刃フォトンブレードと一緒だ。

「クソッ! クソが! テメェ、どうなるか分かってんだろうな? あ”ぁ!? 二度と学校ガッコーこれ――」

「聞き飽きたわ。それ」

 俺が右腕を振り上げると、それを見た斎藤は聞き取れないぐらい汚らしい叫び声を上げた。

 そのままの勢いで腕を振り下ろすと、爪はちょっとの抵抗と共に斎藤の強化素体に刺さり、入り込み、神器ごと引き裂いた。

「ガアァッ!?」

 動力源を失った粒子刃フォトンブレードは、神器を抉られた瞬間に焼失し、装着者である斎藤は魔力の逆流を受け、その衝撃で気絶し、倒れた。

 粒子刃フォトンブレードが消失すると同時に、体を支えていた両足も力が無くなってしまったので、あとは倒れるだけだ。斎藤は、地面へ大の字になるように倒れた。

「斎藤克基まさき気絶により、今、実技訓練の勝者は獅童幸徒に決定。異議ある者は、放課後、私のところまで来なさい」

 勝者が――Eクラスのトップが決定しても、クラスメイトは何も言うことはなかった。

 今まで、俺は実技訓練で武器を使わずに勝ち進んだ。その時点で負けている奴らが、俺この試合に対して異議を申すはずもない。



 気絶した斎藤がタンカに乗せられ医務室に運ばれていくのを見守っていると、落ち着いた第4運動場で乾いた拍手の音が響いた。

「いやー、面白かった、面白かった」

 拍手をしていたのは、フィッシャーを駆る八東。隣に居る堰神に、「ねっ」と声をかけるが、堰神は面白くなさそうに俺を睨むだけだ。

「あれさ、あれ。左手で彼の粒子刃フォトンブレードを止めたのって、あれってどうやったの?」

「内緒」

「そっかー。内緒かぁ~。やっぱ、そうだよねぇ~。カメラで撮ってたけど、見て分かるもんかなぁ~?」

 わざわざ見に来たんだからその可能性もある、と思っていたけど、八東はわざわざカメラで動画撮影をしていたようだ。軽そうに見えて、こうやった抜け目ない研究熱心なところは、さすがAクラスと言ったところだろう。

「あなた、さっきのはどうやったの?」

 八東が聞いて諦めさせたというのに、今度は堰神が聞いてきた。堰神は、相手が相手なら心臓発作で死んでしまうんじゃないだろうか、と思わせる眼力で俺を睨んでいる。

「いや、普通、手の内は教えないでしょ」

「それは、制覇大会に出るから?」

「それもあるけど、出なかったとしても技術をそう簡単に渡すもんか」

 技術は使える人間が少なければ少ないほど、その価値は高くなる。伝承技術でもなければ、発展のために後輩へ教えないといけない訳でもない。

「獅童成典の技ね?」

「人の父親を呼び捨てとは感心しないな。躾がなってないんじゃないかな?」

 ワイドショーやニュースで散々、呼び捨てで報道されているけど、目の前で同学年の生徒に父親の名を呼び捨てにされると、結構、腹が立つな。

「それ、ちょっと私にもやってみて」

「はっ?」

「神器――起動」

 何を言っているのか、と聞く前に、バチッ、という音と軽い衝撃波が堰神を中心に発生した。

 次の瞬間には、赤と白がメインとなり、ところどころ金色の墨入れされたような、おめでたいカラーリングの竜人外骨格服アークスマイトスーツが現れた。

 今まで遠目かネット情報でしか見たことがない、序列1位の神器、剣仙が目の前に出現した。

 堰神スペシャルと言われる、神器の汎用性をそぎ落とした、超近接戦闘用の高高速タイプ。防御など考慮しない恐怖心を覚えるほど軽量化された神器に、両肩両腰に帯びた4本の高出力粒子刃フォトンブレード

 資料を見るたびに「狂っている」としか思えない神器だが、改めて自分の目で確認すると、その合理的な狂いっぷりがよく分かる。

 目指すべきは堰神こいつを倒すことだが、今のままでは絶対に無理だ、と頭ではないどこかから諦めが湧いて出る。

「私の粒子刃フォトンブレードは、細いけど切り合う訳じゃないから問題ないわよね?」

 右手で左腰に帯びた粒子刃フォトンブレードを引き抜き、俺の方へ向けて来た。

「いやいやいや。なに勝手に話を進めてんの? そもそも、俺は強化素体でそっちは竜人外骨格服アークスマイトスーツ。もしやったとしても出力負けするし、それ以前にやる気もないし」

「出力は、強化素体くらいまで落とすから安心して。それでも気に入らないっていうなら、すぐに普通の神器を取りに行くから」

 相手をしたくない、と言っているにも関わらず、何て強情な奴なんだ。

 Eクラスの人間の話なんか聞くつもりはないんだろうけど、ここまで我がままとは思わなかった。先ほどの呼び捨ての件もあって腹が立ってきた。

「だから――」

「はーい、はいはい」

 「ちょっとすみませんねー」と、お気楽な声を出しながら、八東が俺と堰神の間に割って入って来た。

「ちょっと、奏美。今、大事な話をしている――」

「今、授業中だから、これ以上は邪魔しちゃだめよ~」

 八東は手を使わず竜人外骨格服アークスマイトスーツで、堰神の竜人外骨格服アークスマイトスーツを胸で押すように俺から離してくれた。

 竜人外骨格服アークスマイトスーツ同士がぶつかり合う音が、静かなこの場によく響いた。

「先生、私たちは教室に戻りますんで。見学、ありがとうございました」

「そうか。何かあれば、また来い」

「うぃっす」

 先生に挨拶をすると、八東は堰神を掴んだまま飛び上がった。軽量化された堰神の神器は、飛ぶのに全く支障がないほど軽いのか、八東の神器は全くブレない。

 その間も堰神は「ちょっと待って。まだ話が」と、俺の方を見つめながら八東に話している。しかし、八東が心変わりすることなく、校舎の方へ向かい飛んでいった。

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