豪結ー4

 目が覚めた時は、俺はベッドでキチンと寝かされており、散らかっていたテーブルも置手紙1枚を残して綺麗に片づけられていた。

 置手紙は如月さんが書いたもので、材料も調理も全て如月さんがやってくれたというのに、美味しかった、楽しかった、という文が書かれていた。他には、昨日の鍋の残りで作った雑炊が冷蔵庫に入っているから、良かったら食べて欲しい、というものだった。

「よく眠れたか?」

「あぁ、もう十分」

 俺が寝るベッドのすぐ横、床に布団を引いて眠るクラエスが起きた俺の気配に気づいたのか、いつの間にか目を覚ましていた。

「いつもより眠っていたようだが、時間は大丈夫か?」

「あ~……。大丈夫だけど、今から風呂入って歯を磨くとなるとギリギリだな」

 時計を見ると、いつもより少しだけ多く寝てしまったが、特別、急がなくてはいけない、という時間ではなかった。

「なら、朝食をすぐに作らないとな」

 クラエスは、パッ、と立ち上がると布団をクルクルと丸めてテーブルを置くスペースを作り、キッチンへと向かった。

 俺は、クラエスが朝食を作っている間に、身だしなみを整えなければいけない。



「おはようございます」

「おはようございます。昨日は――雑炊もありがとうございました。朝に頂きました」

 登校のために一階に降りると、ちょうど如月さんも出て来た。お礼を言うと、少し照れながら手を振った。

「もしかしたら、迷惑かと思っていたんです」

 如月さんが乗るバス停まで自転車を曳き一緒に歩いていると、昨日のことについてそんなことを言った。

「迷惑――ですか? まさか、そんな」

「はい。思い過ごしだったんですけど、もしかしたら獅童さんに避けられているんじゃないかなぁ~って、思っていたんで」

 その言葉に、ギクリと体が震えた。あの男――父さんの部下だという松島のせいで、如月さんと会うと妙にギクシャクしてしまっていた。

 昨日は、クラエスも居たからそんなこともなかったけど、外で2人きり会うと妙に意識をしてしまって動きがぎこちなくなってしまう。

「そんなわけないじゃないですか。学校が忙しくて、なかなか顔を合わせることができなかっただけですよ」

 笑って返すと、如月さんも笑顔を返してくれた。



 日は流れて、制覇大会まで残すところ数日となった。制覇大会は校内向けの行事のため、外部から客は呼び込まないが、それでも準備するものはたくさんあるので、至る所に什器や大道具が転がっている。

 制覇大会は屋内の訓練場で行われるので、この時期は、それらの施設が使用禁止になる。そうなると、使うことが出来るのが屋外の運動場だけになるが、それらは制覇大会出場者に使用の優先権があるので、一般の生徒は早く帰るようになる。

 俺も、堰神や八東と共に訓練をやらなくなってから、放課後はやることが無くなりいつも真っすぐ帰るようになった。

 腹立たしいことしかないが、学校を上げての一大行事でもあるので、制覇大会には協力しなくてはいけない。



 ここ最近、生活スタイルが変わったからか教室に来るたびに大きな変化がある。それは、机に嫌がらせがされていなかったりだとか、斎藤が大人しくなったりだとか、色々とある。

 しかし、今日はまたいつもと違って、凄まじい変化が起きていた。

 俺の机に、女子生徒が座っていたからだ。

 元々、俺の席には誰も座ることが無かった。それは、画鋲を撒いたり、机の中にゴミを突っ込んでいたからだ。それらが無くなった後も、触らぬ神に祟りなし、といった具合に座るどころか近づくこともしない。

 それはそれでありがたいんだけど、こうして予想外のことをされると対処に困る。どうやら俺は、逆境に弱いのかもしれない。

 俺の席に座っている女子生徒は頬杖をつき、窓を見てぼうっ、としているのか微動だにしない。いや、そもそも、誰だこいつ?

「すみません」

 声をかけると、俺の存在に気付いた席に座っている女子生徒はピクリと動いた。机についていた腕から顔を上げると、長い髪がサラサラと綺麗に落ちた。

 そしてこちらを向くと――。

「うわっ……」

 その女子生徒の顔を見た瞬間、驚きの声と共に変な呻きが出てしまった。

「ツッ!」

「ゴホッ!?」

 俺の驚きの声を聞いた女子生徒は、ためらうことなく俺の鳩尾に鉄拳を打ち込んできた。

 力はそれほど強くなかったが、正中線を狙った鋭い拳のせいで体中に衝撃が走った。

「うご……。いっ、いったい何なんだよ……。何でお前がここに居るんだよ……」

 痛みと共に出る変な咳を堪えつつ、俺の席に座る堰神イリヤに問う。

 そりゃ、クラスに変な空気が流れる訳だ。この間は、序列20位の八東が来たけど、今回は序列1位だ。場違いな、絶対に居るわけがない、居てはいけない生徒が座っていれば、全員、警戒もするだろう。

「こんなギリギリに来て、貴方、学校を何だと思っているの?」

 どれほど前から待っていたのか、堰神は俺の到着が遅いことにかなりご立腹のようだった。

「仕方がないだろ。家が遠いんだ」

「なら、もっと早く出ればいいじゃないの」

「掃除洗濯炊事と、色々やることがあるんだよ、お嬢様・・・

 給料を貰って学校に通い、さらに三食無料で勝手に出てくる上に、家政婦サービスも使っている成績上位者には、下々の生活なんて想像もつかないだろう。

 まぁ、一般家庭出身者がほとんどだから、堰神もお嬢様ではないんだろうけど。

 そう言うと、堰神は「そう」と面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「それで。今日は、何の用だよ?」

「貴方の技を教えてもらいに来たわ」

「そんなもん、制覇大会の後でもいいだろ? 今からやって身につく――いや、堰神なら身につくかもしれんけど、運動場の使用の件もあるから制覇大会の後にした方がいいと思うんだけど?」

「そんな悠長なことは言っていられないわ。今日、やりたいのよ」

 急に予定をぶっこんでくるのは慣れたが、まさか制覇大会が数日後に控えているのに、こんなことを言ってくるとは思わなかった。

 序列1位とはいえ、2位だって強い。訓練をしなければ、足元をすくわれる相手だ。

 それに、小手先で勝負する俺と訓練をしても意味が無いし、技を覚えるにしても、覚えることが出来るだけで完全に身になるとは思えない。

 そもそも、その訓練が原因で怪我をする可能性もあるし、1位から転落してしまってはことだ。

 しかし、堰神は俺の心配をよそに携帯を操作する。そして、携帯から目を逸らすと、今度は俺の携帯が震えた。

 嫌な予感がして携帯を見ると、予想通り対戦の申し込みだった。

「お前……どういうつもりだよ?」

 これは断った。それに、上から下に対して対戦を申し込むと、下の者は無条件で断ることができる。

 これは、無意味な申請だ。

「こんなことをしなくったって、教えてやるよ」

 堰神は、あくまで俺と対戦をしながら盗み出そうとしているようだが、上への道が閉ざされた今となっては、別に盗まれようが教えようがどっちでも良かった。

 この間と同じように、申請の拒否をしようと携帯の画面を触ろうとすると、堰神がEクラスの教室を見渡し、よく通る声で言う。

「侮辱だ」

 突然、この序列1位は何を言い出すんだ、と俺だけではなくEクラスの生徒全員が思っただろう。

「私は、ここに居る獅童幸徒に侮辱され、名誉を汚された。しかし、彼はその償いをしようとしないばかりか、さらに私を乏しめる。自らの立ち位置を分からせるために、試合申請をするも断られる、皆さんは、彼をどう思いますか?」

 序列1位から最下位Eクラスの生徒に対し行われる試合申請など、無理で無駄だ。皆、そう思っただろう。

 しかし、相手はこの学校のトップ。Eクラスとは天と地の差があり、逆らう生徒など存在しない。

 つまり、常識ではおかしいと思っていても、今回に限っては堰神の言い分が正しいということになる。

「何度、試合を申請しても彼に断られます。だから、私は皆さんにお願いします。どうか、彼が私との試合を飲むように、皆さんからも頼んでください」

 この瞬間、俺に向けられる視線の質が変わった。今まで、俺がこのクラスのトップだったが、今は堰神がトップだ。俺なんかよりも、全員、堰神に従う。

 特に、俺のことが気に入らない奴らの目の色が変わった。試合で俺が堰神に情けなく負ければ、あいつらにとってこれほど楽しいことはないだろう。


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