神器遣いー1

 神器は、各国が総力を挙げて研究をしている一大部門だ。大きさが人間サイズにも関わらず、空では戦闘機を越える速さで飛び、地上では戦車すら凌駕する力を持っている。

 ただし、水中や宇宙空間まで行く能力はない。しかし、そうはいっても兵器としてのポテンシャルは、現在、各国が主力としている兵器の中ではズバ抜けて高い。

 そういうこともあって、神器は全て国が管理――しているかと思いきや、全て個人で管理しなければいけない、という決まりになっている。

 それは、神器遣いはいつ誰に襲われるか分からないからだ。一度、神器使いに決まればその権利が剥奪されるまで、胸に直接貼り付けた状態で過ごすことになる。

 そうしておけば、敵に襲われたとしても咄嗟の対応ができるし、カバンが盗まれるのと一緒に神器も盗まれることはない。

 しかし、俺の持っている神器は一味違う。



「何か……壊れていないか……?」

 妹のお見舞いをした翌日、俺はクラエスと共に父さんの後輩が居る、疑似核研究所へ向かっていた。

 その途中で、俺の神器を見せて欲しいといったクラエスに神器を渡したのだが、クラエスが俺の神器を振ると、中から、カラカラ、という軽い音がこぼれ落ちた。

「俺のはぶっ壊れているからな。起動しても――」

 魔力核を起動すると、核が紫色に光り出すのだが、俺の神器は薄ぼんやりとしか光らない。

 本来であれば内側で渦巻く魔力も外へ漏れ出し、強化素体の起動も遅いし力もかなり弱い。

 そんな壊れている神器だから、本来なら特殊な機械でしか体から取り外しできない神器も、俺の場合は自分の手で取り外しが可能となっている。

 こんな風に壊れているせいで、クラエスの魂を入れたところで本来の竜核式神器としての能力は発揮できないし、たぶん入れた瞬間にこの神器は崩壊してしまう。

「人とは、ここまで酷いことができるんだな」

 俺の境遇を知っているクラエスは、嫌がらせでこんなボロい神器を渡されていると分かっている。やり方の汚さに悔しさをかみしめるように呟いた。

 竜人を魂だけにして、竜核式神器に作り替えたのは人間だ。今さらな感想だろう。

「クラエスだけでもそう思ってくれれば、それだけでありがたいよ」

「当たり前だ。絶対に、二人で頂上テッペンまで行くぞ!」

「なら、その前に神器を直さないとな」

 今、俺たちが向かっているのは、神器の研究と製作している疑似核研究所だ。ここには、父さんの後輩が研究員として働いていて、その人が俺たち兄妹の成年後見人にもなっている。

 神器の修理をしようと思ったら、まず学校にその旨を伝えなくてはいけない。一般の神器遣いであっても、こんな風に研究所に持ち込んでも修理はしてもらえない。

 ただ、俺の場合は学校へ神器の修理に出したとしても、校内修理師が一つ一つ丁寧に調べたうえで、獅童幸徒の神器・・・・・・・なので綺麗に元通り・・・・・・にして返すだけだろう。

 だから、信頼できる人のところへ修理に出して、ちゃんと直してもらわないといけない。

 なぜ今までそれをやらなかったかというと、その父さんの後輩にまで迷惑がかかってしまうからだ。

 しかし、もう迷惑とかは考えていられない。クラエスが味方となり、魂まで貸してくれるというのだ。なりふり構っていられない。

 利用できるものは全て利用して、上の――最強の神器遣いとなるしかない。


 疑似核研究所にたどり着くと、門の前には白衣に身を包んだ女性が居た。白衣の女性は俺を見つけるなり、体全体を使って大きくこちらに手を振ってくれた。

「久しぶりだね、幸徒くん!」

「お久しぶりです、宮前さん」

 白衣の女性は、宮前幸子さん。束ねやすいように肩口で切りそろえられた艶髪に、少しだけ不健康そうな白い肌。大人の女性といった雰囲気を醸し出しているが、まん丸い目が可愛らしさを出してしまっているので、いまいち美人研究者といった空気が出せていない。

「三ヶ月ぶりくらい? 元気にしてた? 学校でいじめられてない?」

 宮前さんと会ったのは、大体三ヶ月くらい。病気にならない程度には元気だけど、最後の質問だけは答えられない。心配をかけさせるわけにはいかないからね。

「それで、ちょっと聞きにくいんだけど、後ろの女の子ってどちら様?」

 見た目からして外国人だと分かるクラエスに、宮前さんは少しだけ警戒したように質問してきた。これは、自分の知り合いに変なのが付いている、といった警戒ではなく、俺から情報が漏洩しないか心配しての警戒だ。

 神器の研究員が、機密漏洩や神器の故意の破壊を行った場合、刑法ではなく軍法にて裁かれる。情報の漏洩は一般人でもあってはならないが、その後の罪が天と地の差がでてくるので、警戒するのは当たり前だった。

「こっちは、クラエス。父さんの、最後・・の知り合い」

「獅童さんの……?」

 父さんの名前が出ると、宮前さんは少しだけ反応した。彼女は最後まで――いや、今でも父さんが無実だと矢面に立って訴えてくれる数少ない人だ。

 だからこそ、父さんがやってしまったことについて、申しわけなくなってしまう。

「クラエスのことを説明したいんだけど、なるべく人が居ない、誰にも話を聞かれない所で話したいんだ」

 一時期は、俺の周りで盗聴大会が流行っていたけど、模範的ないじめられっ子になってからは、そういったことがほぼなくなった。

 妹の主治医は父さんの友人だし、病院の屋上はその主治医の権限で盗聴器は全て取り外されている。だから、あそこではあんな話をできた。

 しかし、ここは神器を研究するところだ。どんなしかけがされているか、全く分からない。

 宮前さんも俺の突然の申し出に困ったように視線を右往左往させ、最終的には「見学者ビジターで入門許可証カードを作る」という形になった。



「それで、話を聞かせてくれるんでしょ?」

 外で会った時とは180°違う態度で、宮前さんは自分に当てがわれた研究室で社長が座るような椅子に腰かけた。

「無理言ってすみません」

「いいわよ。獅童さんにはよくしてもらったし。そもそも、私がここに座れているのも、獅童さんのお陰なんですもん」

 そうは言っても、かなり無理をしたみたいで、「立場が……。立場がぁ……」と先ほどまで呻いていた。

「まず、これを見てください」

 「クラエス、頼む」とお願いすると、病院の時と同じようにクラエスは自身の胸から白金色に輝く魂を取り出した。

「…………はっ?」

 状況が呑み込めないのか、宮前さんはクラエスとクラエスから取り出された魂を交互に見た後、胸ポケットから取り出した銀縁眼鏡をかけて、再びクラエスと魂を交互に見た。

「…………はっ!?」

 それでも状況が呑み込めないのか、宮前さんはクラエスの魂に触れるか触れないかくらいの近さまで手を近づけ、すぐにひっこめた。

 そして、再びクラエスと魂を交互に見た後、椅子の背もたれにもたれ掛った。しばらく、そのままの格好で数十秒経つと、不意に起き上がった。

「あなた――クラエスさん? クラエスさんって、海外の神器遣い?」

「いや、違う。あんな器用なことはできない」

 宮前さんから出た問いに、クラエスは否定した。そんなもんじゃない。

 「じゃあ――」と宮前さんが聞くより先に、クラエスが答えた。

「私は、竜人だ。私の魂を籠めることが出来る神器をユキトに与えてもらいたく、こうして会いに来た」

 クラエス答えている最中、背筋を正しながら聞いた宮前さんは、再び背もたれに倒れて天井を仰ぎ見た。しかし、今度は一分経っても元に戻って来なかった。

「あの、宮前さん……?」

 心配になって声をかけると、宮前の口から信じられない言葉が落ちて来た。

「絶滅したと思っていたのに……」

「はっ、あぁっ!?」

 突然、落とされた爆弾に、大声が出てしまった。

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