帰省編(リクの故郷へ)
第10話(part1) 「私はリクの姉よ!」「勘弁してくれ」
「どうしてそんなことをしたの!」
「俺は姉さんのことを思ってただ実行に移しただけだ」
「私はそんなこと望んでないし、頼んでもないでしょう!?」
「それはそうだが! いくらシュミレーションしても、この実行しかありえなかったんだ!」
言い合う男と女。これはそう遠くない記憶。ただ記憶デバイスから消し去ってしまいたいデータ。
俗にいう黒歴史とはこういうことを言うのだろう。
これはそういった類の記憶。できることなら永遠に消し去りたい、過去からもなかったことにしてしまいたい。そんな記憶だ。
「ちょっとリク、聞いているの?」
「……ん? すまん聞いていなかった。アン、もう一度説明してもらっていいか」
リクは突然に思い出した、いや正確には常に頭の隅には保持されているのだが、あまり思い返そうとは思わない過去の記憶データを掘り起こしていた。
ふと外を見ると、空は赤らんでいてすでに日が沈みかけている。そんな夕暮れをマンションの一室から見ながら目の前の同棲している女性、アンのことを見つめる。
そうだった。今日は二人とも大学から帰ってきて、一つ実験をしようということになっているんだった。
リクは意味もないのに、過去の記憶を再び頭の隅に追いやろうと頭を軽く振ってアンに向きなおった。
「それで? 今日は何の実験をするんだったか?」
「本当に何も聞いてなかったのね」
呆れたように目の前に正座で座るアンは軽く頭を振る。そのたびに彼女の長い髪が揺れ、それが夕日に照らされて、艶やかに光輝く。
「だからね、この間壁ドンは失敗したじゃない?」
「ある意味成功だとも言えなくはないけどな」
「まあそうだけれど、恋愛感情は生まれなかったわけでしょ」
「恋愛感情どころか恐怖心を抱いてしまったがな」
「今日のリクは毒舌ね。らしくないわよ」
「すまん。少し混乱しているみたいだ」
「いいえ、別に気にはしていないのだけれど」
二人の間の会話が一瞬途切れる。
しかし特にそれを気にすることなくアンが再び口を開く。
「それで考えたのだけれど、今度は床ドンというのはどうかしら?」
「床ドン?」
リクは床ドンが何のことかわからなくて聞き返したわけではない。
もちろん床ドンのことは情報として理解はしているが、つい先日壁ドンでリクを恐怖に追い込んだばかりなのに、床ドンをする意味が理解できなかったのだ。
「壁ドンはハードルが高すぎたのかもしれないわ」
「俺的には床ドンのほうがハードルが高いように思えるし、それに床ドンと壁ドン、そこまで違いがないように思えるが?」
「そうかしら? 壁ドンは立っている者を追い詰めるわけだから、ある程度の覚悟がいるわけだけれど、床ドンは寝込みの相手を襲おうとするだけじゃない」
「その言い方はずいぶんな勘違いをされそうだな」
それにアンは床ドンに関して何か勘違いしているのではないだろうか?
ロマンチックな雰囲気で、一瞬の緊張の後に床ドンをするのではなく、ただ寝ている相手を襲うのであれは、それはもう床ドンなどではなく……。
「夜這いだな」
「失礼な物言いね」
「実際そうなってしまうんじゃないか?」
「とりあえずやってみる価値はあると思うのだけれど」
リクはこの間壁ドンをしたときに、無意味にアンにビンタをされたことを思い返し、無意識に頬をさすっていた。
「安心して。今度はビンタしないわよ」
「その言葉を信用するよ」
「信用して。それに何事もやってみなければわからないというじゃないの」
どうやらアンの中ではもう床ドンをすることは確定しているようだ。
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