第8話(part1)「これはどういう状況だ?」「仕方なくよ」

 昼下がり、部屋の中には暖かな日差しと、開いた窓から心地よい風が吹いている。外からは鳥のさえずりと木々が風になされるままに揺れてこすれる音が聞こえ、昼寝でもしたくなるような春日和だった。

「春だな」

「春ね」


 そんな状況からか二人の心もちもどことなく穏やかになっており、机の上に温かいお茶でもあれば長年連れ添う老夫婦のような雰囲気を醸し出していた。


「しかし今年の春はなかなか気候の変化が激しいらしいな」

「そうね。おかげで着る服も毎日困るわ」

「俺らは基本的には気候や温度は関係ないはずだが?」

「世間体の問題よ」

 アンはあきれたように話し、顔を振る。


「そういう問題か」

 それに対してリクはアンの心情があまり理解できていないのか、首を傾げながら返答した。


 アンドロイドに地球の温度変化に対してはあまり影響がない。特に日本のような穏やかな気候であれば、夏に長袖、冬に半そでを着ていても問題がないのだ。

 それでも季節に合わせて服を着替えているのは周りがそうしているからにすぎない。彼らにとっては何ら意味のない行為なのだが、人間により近づくためには必要な行為なのだ。


「しかしこうも心地のいい雰囲気だとひと眠りでもしたくなってくるな」

「それこそ無駄なことだと思うけれど?」

「……そうだな」


 アンはリクを冷めた目で見つめながら立ち上がると、一度自分の部屋へと戻りその後その手に一つの盆栽を抱えて、元の位置に腰かけた。

「それは?」

「盆栽よ」

「それは見たらわかるさ」

 リクは少し不機嫌そうに返答する。


「あまりにもすることがないから、何か効率的なことをしていないと落ち着かないのよ」

 アンはそういうと手に持っていた盆栽を机の上に置き、丁寧にそれを触り始めた。机の上で静かにたたずむ松は心なしかどこか心地よさそうにアンの手にすべてをゆだねているようにも見えた。


 そしてアンはあっという間に、松の生え茂った葉の隙間からところどころ見え隠れする不格好な枝毛をきれいに処理していっていた。


「器用なものだな」

「ずっとやってきたから癖みたいなものよ」

「そんなに手先が器用なら、自分のメンテナンスもできそうなのに」

「たとえそれができたとしてもリクの目の前でそれをすることはないわ」

「……そうだな」


 アンは松をいじりながらもさりげなくリクのほうにときたま目をやりながら、会話を続けている。  

 そんな器用なアンの行動を見てリクはただただ感心していた。


「俺も何か始めてみるかな」

「それがいいわ。そうすればもう少し繊細な性格も芽生えるんじゃない?」

「俺もメンテナンスしているときはさすがに繊細になるぞ」

「あら、そうなの。意外だわ」


 その後もしばらくアンは松の盆栽をいじりながら、リクと特に意味のない会話を繰り返していた。


「ふぁあーあ……」


 リクもそんなアンとの会話を特にやめることもなく、アンが松を手入れする様子を見ながら、する必要もないのにあくびを繰り返していた。

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