第7話(part4)「これが壁ドンというやつね」「俺は危機的状況に立たされている」

「どう、ドキドキするかしら?」

 こうしてリクは今のこの危機的状況に立たされている。どうしてアンが急にこんなことをしだしたのか全くもって見当もつかなかった。


「ドキドキも何も、生命の危機しか感じないな」

「おかしいわね」

「おかしいのはアンの方だろう。どうしたんだ? あのドラマを見て思考回路がバグったのか?」

「私は全くの正常よ。さっきドラマでは女性のほうがこれをされて顔が赤くなっていたわ」

 確かにさっきの再放送ドラマでは女性が反抗するそぶりを見せながらも、嫌な感じは全く見受けられなかった。


 だがしかし、だ。


「それなら普通立場は逆のはずだろう。どうして俺がされる側に回っているんだ?」

「打合せしてからでは意味がなかったでしょう? 急にする必要があると思って私が迫る羽目になったのよ」

「そういうことなら……」


 リクは一瞬思考を巡らせた後に、顔の隣に置かれていた腕に手を取り、そのままの勢いでアンの体を反転させた。

 アンはいきなりのことに抵抗することができず、そのまま自分が壁側のほうに追いやられてしまった。


 そして次の瞬間、さっきよりかは弱々しかったが部屋にはっきりと響くようなドン。という音がした。

 リクがアンに壁ドンする形に回り込んだのだ。


「突然ということはこういうこともあるということだろう」

「……」

 アンは突然真顔になり、そのまま壁ドンをされている形のまま動かなくなってしまった。


「……どうした?」

「…………」


 パアン!


 その後部屋に響いたのはテレビの音でも、壁ドンの音でもなく乾いた音だった。

 アンは少し微笑みを取り戻した後に、思いっきりリクの頬に平手打ちを繰り出したのだ。

「……なんで?」

 リクは動揺のあまり、アンの行動の不可解さのあまりに平手打ちされた勢いで横に向いてしまった顔のまま、純粋にその言葉が口に出てしまった。


「ドラマの再現よ」

「こんなシーンあったか?」

「女の子は男に壁ドンをされて、紅い顔のままビンタをしてその場を走り去っていったわ」

「そういえばそうだったが……どうしてそこまで再現する必要があったんだ?」

「何か感情が芽生えるかと思って」

「俺には疑問しか芽生えなかったな。アンの今までのこの一連の行動に対して」

「あら、それは残念ね」


 そういいながらもアンは退屈そうな雰囲気を醸し出しながら、いとも簡単にリクの腕からすり抜けて元の場所に戻っていった。

「結局何だったんだ?」

「たぶんあのドラマの子は壁ドンというやつをあの男の子にされることによって、恋愛感情が産まれたのよね? だから私もそうすれば何か芽生えるのかしらと考えたのよ」

「なるほど、そういうことだったのか」

 つまりアンは実験をしたかったというわけだ。それでもリクはビンタされた理由が未だに納得いかなかったが、今までのアンの行動がバグっていたわけではないということを少し理解できたような気がした。


「しかしだな、アン。俺はこうも考える」

「なにかしら?」

「壁ドンをして恋愛感情が芽生えるのではなくて、そもそも一定以上の好意を寄せている男子から壁ドンをされるということで、恋愛感情を自覚するんだと思うんだ」

「つまり女の子はもともと男子に対して恋愛感情を抱いていたというの?」

「そういうことだろう。好きでもない異性から壁ドンをされたらきっと恐怖しか感じない」

 現に俺はそうだったしな。その最後の一言は自分の喉で止めておいた。

「それって私じゃなかったらきっと傷ついていたわよ」

 どうやらもうすでに言い過ぎていたようだ。


「それなら一つ分からないことがあるわ」

「なんだ?」

「どうして女の子は男子のことが好きなのに、彼の頬をぶったのかしら」


「……そうだな、それはきっと『照れ』だ」

「照れ?」

「照れ隠しという言葉があるだろう。それから伴う一種の行動パターンだろう。うれしすぎて、自分の内に秘める想いに気づかされて恥ずかしすぎて、あのような行動に出てしまったのだろう」

「リク……あなたって」

 そういってアンは一瞬言葉を発しようか迷うそぶりを見せた。


「なんだ?」

「……意外とロマンチストなのね」

「そうか?」

 リクのそっけない返答によって、二人の会話は一瞬終わりを見せた。


 しかしリクは少し気になっていることをアンに聞いてみることにした。

「時にアン」

「なにかしら」

「君は俺に平手打ちをしたときに、その中に少しでも『照れ』というかんじょうはあったのか?」

「ないわよ。私は再放送ドラマの再現をしただけ」


「……アン、その言葉もきっと俺以外の男性だったら傷ついているぞ」

「そうかしら? 私とまともに会話をしている異性は今のところリクだけよ」

「……誉め言葉として受け取っておくよ」

 リクはアンの急な友達いない発言を受け、またもや軽く動揺しながらも、頭を掻きながらアンが座っている向かいに座った。


「私たちに壁ドンは早かったのかもしれないわね」

「そうかもしれないな」


 二人の実験は明日も続く。

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