第3話(part3)「引っ越しをしましょう」「一緒に寝よう」

「先輩?」

「俺には何の恥ずかしさもためらいもないぞ」

 そう言いながらリクは右腕の皮膚を器用にはがし、中をほじくり始めた。


「先輩、やめてください。それにそれはメンテナンスではなくもはや改造ではないですか」

 アンが珍しく微笑みをその顔から消し、嫌悪感を現した。


「……そうか?」

 リクは少し寂しそうな表情をしながら右腕を自分の肩に取り付けなおした。


「先輩にはデリカシーのかけらもないですね」

「なかなか辛辣なことをいうんだな。それなら寝室を一緒にするかどうかはこの装置を運んでから考えることにしよう」

「そうしましょうか」


 リクはいまだに寂しそうにしている中アンは早くも切り替えたのか、その顔には再び微笑みが戻ってきていた。


 そして二人で何の苦労もトラブルも起こることなく、玄関から運び込んだ時と同じように寝室に運び込んだ結果……。


「もう一つベッドを置くスペースが見当たらないな」

「ないですね」

 リビングで立ち尽くしていた時と同じ奇妙な沈黙が寝室を支配する。


 その沈黙を破ったのはやはりアンだった。

「これでは一緒に寝ることはできませんね。諦めて二つの部屋をそれぞれの寝室にしませんか?」

「そうだな。実験できないのは残念でもあるが、ここまで装置が圧迫していると仕方ないか」


「ええ、非常に残念です」

「……本当に思ってるか?」

「もちろん。実験が一つつぶれてしまったわけですから」

 アンは微笑みながらそういう。その声色からは全く悲しさは感じ取れなかった。


「先輩、装置を運んでいるときに肌が傷ついてしまったのかもしれないので、私はいまからメンテナンスしますね」

「そうか、分かった」

 アンは何かを訴えかけるようにリクのほうをじっと見つめていたが、リクはそれに気づくことはなくアンの寝室となった部屋に滞在し続けていた。


「先輩?」

「どうした」

「私今からメンテナンスしますね」

「ああ、好きにしてくれ。今日はここから君の寝室なのだから俺がとやかく言う必要はない」


 なお一歩も動く気配がないリク。

「メンテナンス、しますね」


「……わかった」

 アンがリクのほうを見つめてくる意味をようやく理解したのか、リクはきれいに回れ右をすると部屋から出ていった。



「女性は怒らせると怖いな」

 出ていく間際にそうぼそっとつぶやいたリクの一言を、アンは聞き逃していなかった。


 アンは一瞬微笑みを消すと、そのまま『全身肌質保湿装置』に入っていった。


 三話 完

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