第4話(part1)「敬語をやめないか」「あなたの方が2か月先輩です」

 引っ越しを終えてから数日たった、ある日の夕暮れ時。


 大学での研究室での手伝いを終えた二人はリビングで、何をするでもなく小さな机を挟み向かい合っていた。リビングの奥の壁では小さなスクリーンテレビが移され、夕方のニュースが垂れ流しにされていた。


「最近は大した出来事がないな」

「平和な日常が続いているっていうことだから、いいことじゃないですか」

 リクのつぶやきにアンは足を崩しながら、そう反応した。


「あ、研究長」

 リクがテレビを消そうとしたとき、そのテレビ画面からはあのカラフルなアフロを携えて、めんどくさそうな表情を浮かべているルンバ研究長がテレビに映し出されていた。


「また何かの発表でもするんでしょうか」

 研究長はたまに世の中のルールを変えてしまうようなものを造り出して、それを突然世間に公表することで、一定期間ごとに世間を騒がしている存在だ。


「いや、今回は特に何もないようだな。アンドロイドの予備知識を語っているようだ」

「近々私たちとはまた違ったアンドロイドが出てくるかもしれませんね」

「そうなのかもしれないな」

 二人はテレビのインタビューですら、だるそうに応答する研究長に疑惑の目を向けながらそんな話をしていた。


 そんな中、リクはテレビを見ながら急に右肩をぐるぐると回し始めた。


「最近そういった行動をとることが多いですが、何かの実験ですか?」

「いやそういうわけじゃないんだが、君は最近充電後に肩回りがきしんでいる気がすることはないか?」

「きしむ、ですか? 私は特にそのような現象は起こったことはないですが」

 アンもリクの行動を真似するかのように肩を回して見せた。


「俺は最近肩回りが妙にきしんでいる気がしてな。俺だけに起こっているなら何か原因があるのかもしれないな」

「一番考えられるのは、何かの故障なのではないでしょうか」

「いや自分で肩の中身をいじってみたが、どこかに異常があるわけではないんだ。でもたまに、肩が固くなったような感覚に襲われることがある」

 リクはそう言いながら再び自分の腕をくるくると回し始めた。


「それは……人がよく言ってるじゃないですか。『肩がこる』と。もしかしてそれなんじゃないですか?」

「俺たちにそんな不便な機能はなかったはずだが」

「気持ち的な問題もあるかもしれません。変な態勢で充電モードに入っているんじゃないですか?」

「いや、普通に体育座りをして充電しているんだがな」

「絶対にそれですよ。体育座りを八時間も続けていたら、全身固まったようになってしまいますよ」

「むしろその充電の仕方が普通だと思っていたんだが……。じゃあ君はどういうふうに充電するんだ?」


 リクのその質問にアンは一瞬先輩をにらみつけるように見つめた。だが、口元だけは笑っているままだった。

「先輩、そういうところをデリカシーがないっていうんです。女性にどんな格好で寝ているのかって聞いているようなものですよ……。まあ私はベッドに横たわって充電していますよ」

「そういえば君の部屋にはベッドがあったな。なんでそんなものを置いているんだと思ったが、充電のためだったのか」

 そのリクの発言にアンはとうとう隠そうともせずいやそうな顔をした。


「なんだ?」

「……もう何でもないです。逆に先輩はベッドを置いていないんですか?」

「あんなものは部屋の邪魔になるだけだしな」

「まあ体育座りで充電しているくらいですものね」

 アンはあきれたような口調でしゃべりながら、リクの寝室がある方向を眺める。


 会話にひと段落ついたのか二人はその後、特に何かを話すこともなくただテレビを眺めていた。

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