第7話(part2)「これが壁ドンというやつね」「俺は危機的状況に立たされている」

「しょうがない。少し落ち着くことにしようか」

 リクはそういうと、壁に向かってテレビのリモコンを向ける。すると、壁から穏やかなBGMと落ち着いたナレーションが流れ始め、その後色とりどりの風景が映し出された。


「この時間だと旅番組しかやっていないのか」

「そうみたいね」

 アンも退屈そうに見たことないローカル地方タレントが山を登っている様子を眺めていた。


「山はいいな」

「奇遇ね。そこに関しては私も同感だわ。海だとなんかいつもよりも調子が狂うのよね」

「そうだな。それに比べて山は体が浄化? されているような気がするんだよな」

「そうね。自然エネルギーは私たちの体を自動メンテナンスしてくれるのかもしれないわね」

「自動メンテナンスか。そうなら毎日行ってもいいな」

「毎日は遠慮するわ」

「どうして?」

「……毎日長時間『全身肌質保湿装置』に入らないといけないからよ。それくらい察してほしいわ」

「……なるほどな」


 そこで会話は途切れ、リビングには温泉に浸かる男タレントの渋いため息が流れている。

「温泉ね」

「俺らにとっては温泉の効能は毒にしかならないもんな」

「そうね。まさかこの体がさびることがあるなんて思ってもみなかったわ」

 リクたちはある程度長時間お湯に浸かっても、いくら雨にうたれても体がさびてしまうことはそうそうない。


 ある時ルンバ研究長の実験という名目で、アンドロイド数名と研究長で温泉に行ったことがある。

 その時にアンとリクもいたのだが、温泉に浸かったアンドロイド全員の体がさびてしまったのだ。

 研究長は温泉の効能が問題なのかもしれないとぼやいていた。


「そういえば温泉用のロボットを作るとも言ってたわね。その時に」

「そうだな。ロボットがさびれば効能が高い温泉。だったか? さすが転んでもただでは起きない男だ」

「それも同感ね」

 そんなことを話しているといつの間にか旅番組は終わっており、怪しげなブレスレットのテレビショッピングに変わっていた。


 アンは机に無造作に置かれていたリモコンを手に取ると、適当にチャンネルを変え始めた。

 しばらくチャンネルが移り変わるのを見ていたが、しばらくして画面が固定された。

 それは二年前にやっていただろうか。恋愛ドラマの再放送だった。

「そうか。この時間は再放送も多いんだな」

「…………」

「ん? どうしたんだ、アン」

「……これだわ」


 壁には一面に男が女に迫る場面が映し出されている。女の後ろには壁があり、横に逃げようにも男の腕がそれを邪魔している。いわゆる女性は壁ドン状態である。


「……これだわ」


「これか」

 リクは適当に相槌を打ったが、アンの言動を全く理解できていなかった。アンはそんなことは関係ないとでもいうように、画面にくぎ付けになっている。


「アン?」

「これよ」

 こちらを見たアンの表情はいつになくキラキラと輝いているように見えた。 

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