第8話(part3)「これはどういう状況だ?」「仕方なくよ」
「ちょっとリクどうしたのよ、何か返事してくれないと私が独り言を言っているバカみたいじゃない」
アンは相変わらず盆栽に目を向けたままだが、そんなことは関係なく部屋には沈黙が流れている。
「ちょっとどうした……の」
アンがリクに目を向けると、リクはその場で微動だにせずにフリーズしていた。
黒目が消えたり薄くなったりと、明らかに見て正常な状態ではなかった。
「ちょっと?!」
さすがにアンは盆栽の元から離れて、リクに駆け寄る。アンはリクを揺さぶったり叩いたりしてみるが、リクが一切反応する様子がなかった。
「これは……自動スリープモード?」
そういいながらリクを横にして寝かせた。それでもリクの目は開いたままでその目の光は相変わらず明滅を繰り返していた。
「たしか三時間自動スリープモードにかかっていると、自動で全機能停止してしまうのよね。そうなると面倒だわ」
これは全て個体アンドロイド内に詰まっている膨大な情報量の流出を防ぐためである。個体アンドロイドの中にはそれぞれの企業の内密情報が入っていたり、もちろん性格の構成をしてくれたパピーウォーカーの個人情報も入っている。それを流出するわけにはいかないので、いわゆる応急処置だ。
そしてスリープモードからの全機能停止はいうなれば強制シャットダウンだ。そうなれば専門の者か開発者、つまりルンバ研究長しか再起動することができない
もし中身のデータが破損、本体が破損した場合は最悪廃棄も考えられるのだ。
その知識は当然アンの中にもいやというほど詰め込まれている。
「実際に自動スリープモードに入るのを見るのは初めてね」
冷静そうにふるまっているアンだったが、内心は多少の焦りを見せている。
「でもどうして自動スリープモードなんて起動してしまったのかしら」
自動スリープモードが起動するにはいくつかの特殊条件がある。その中で今回考えられるのは二つくらいしか思い当たらなかった。
「思考混乱、情報整理不足によるショート?」
それが理由なら修復は面倒だ。アンは残念ながらリクのようにハードメンテナンスは得意な方ではない。
情報整理が追いついていない場合本体チップを冷却後、チップの中の情報を仮インストールし当人の代わりに情報を整理するしかないのだ。
それこそそれがメイン業務である作業用アンドロイド、感情を持ち合わせていないAIに依頼するべきだ。しかし今はそんな時間はありそうにもない。
そうなると今整理できるのはアンだけということになる。
「でもそれは……」
アンもそうなった場合の緊急事態のためにテストを受けているから、実際に体験したことはあるがそれは困難で仕方がなかった。
「あれは私には無理ね」
一アンドロイドが情報整理しきれなかった内容が、別個体の記憶も共有していないアンドロイドがそれを整理するというのは想像よりも数倍労力のかかる作業なのだ。
それは絡まりに絡まっている配線をゼロから解いていく作業のようなものだ。
下手すれば感電死にもなりかねない。
「その方法が無理なら……あれを試してみるしかないのかしら」
アンは自分が混乱に陥りそうになっている状況に軽くため息をつき、思考を落ち着かせるとリクをじっと見つめた。
リクの目の明滅はさっきより少し少なくなっているような気がした。暗転している時間が長くなっているのだ。
「やっぱりおかしいわ」
これは情報混乱の際の症状ではない。オーバーヒート状態のハードがそこまで高速でシャットダウン準備をできるはずがないのだ。
それならば何が原因で……?
「だめだわ、情報整理が追いついていない。二人してここでシャットダウンしてしまったら、いい笑いものだわ」
アンは自嘲的な笑みを浮かべながらリクを見下ろす。そんな時にふと思い浮かぶのは自分を育ててくれた二人の顔だった。
「そうね、笑いものにでもなったりしたら両親に笑われるわ」
アンはいつもの余裕すらうかがえる微笑みすら取り戻すと、手をもみほぐし始めた。
「とりあえずやってみましょうか。時間はあるわ」
そうつぶやくと、リクを横向きに寝かせリクの横顔に向かって顔を近づけたのだった。
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