第1話(part5)「実験を始めよう」「手始めに一緒に暮らそうか」

 「いいんですか? 彼らに研究の目標を伝えなくて」

「いいんだよ。二人がそれを知る必要はないし、それを知ってしまっては余計な思考が邪魔をしてちゃんとした研究結果が得られないかもしれない」

 ルンバ研究長は隣に立てる秘書の話を聞き流しながら、机に置いている二つの資料を眺めていた。


「それもそうかもしれませんね。しかしそううまいこと研究は成功しますかね」

「この研究は成功してもらわないと困るんだ。もちろんあの様子だとうまいことはいかないだろうけどね」

「そうですよね。この研究を成功させて研究長は」


「アンドロイドの人権の確立を行う」


 研究長は秘書の言葉を遮るように、珍しくはっきりとそれを発言する。


「アンドロイドは人間にどんどん近づいてきている。だが、生殖本能がないからか恋愛感情を芽生えさせることができない。だからどこか人間とは違うとそれだけ判断されてしまい、アンドロイドの人権の部分があいまいだ。しかしそんなことを続けていれば『自我』が暴走したアンドロイドが必ず現れる」


「自我が暴走したアンドロイドですか。そんな物が出てきたら一体人間は……」


「間違いなくペットに成り下がるだろうね。アンドロイドが本気でストライキや、人間に対しての反発運動なんかしてみろ。アンドロイドの操り人形の完成だ。そんなことにならないためにもアンドロイドの人権の確立が必要になる。アンドロイドをコントロールするためにはある程度の人権を与えないと。」


「しかしどうしてあの二人なのですか?」

「それは本当にわからなくて聞いているのか? 君はあの二人の資料を読んでいないのか?」

「いえ、一通りは目を通しているはずですが」

「それなら知っているはずだろう。あの二人はアンドロイドで初めて『願望』が芽生えたアンドロイドだ。そんな物が芽生えた二人なら恋愛感情ももしかしたら、と思ってね。あとは……」

「あとは?」

 ルンバ研究長は机に肘を置きながらだらしない口元をゆがませ笑う。


「あの二人が僕のお気に入りだからだよ」

「……相変わらずですね」

 研究長はあきれている秘書をよそ目に机に置かれた二つの資料を手に取り、それを眺める。


 二つの資料の最後の一文は全く一緒だった。

「まったく。期待しているよ」


『願望 恋愛感情を知り、理解し、感じることで、恋愛を成立させたい』


 一話 完

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