第一話(part3)「実験を始めよう」「てはじめに一緒に暮らそうか」

 二人は資料を一つずつ手に取り、目を通す。


『製造番号 26Z37M  型番 LM‐PTH001型 通称リク。パピーウォーカー 大森家』


 そこには自分自身のデータが書かれていた。一緒に自分自身の写真も貼り付けられている。

 細い目に、普段は固く結んでいる口を無理やりあげている口角。無駄に長い襟足がその表情の後ろから少し見えている。


 何の変哲もない自分自身だ。こんなものを渡して何をしたいのだろうか。


「どうしたんだいリク、目をそんなに細くして」

「いえ、今更俺のデータなんて渡して何をするつもりなのかと思っただけです」

「おお、どうやら自分自身のデータがいきわたってしまったようだね。すまないがチェンジしてくれ」


 そういったアフロは背もたれに深くもたれながらめんどくさそうに両手を交差させた。

 どうやら交換しろというジェスチャーらしい。

 リクは戸惑いを見せながらも、隣の女と資料を交換する。


『製造番号 06X37F 型番 LF‐PTH001型 通称アン。パピーウォーカー 桝重家』


 そこには釣り目のまま器用に微笑んでいる隣に座る女の写真が貼り付けてあった。

 確認するように隣の女を目視する。相変わらず困ったような表情を浮かべながら微笑んでいる彼女は、意外と背が高いようにも見えた。細身にもかかわらず肉がつくところにはついていた。まあ中身は機械が詰め込まれているのであろうが。


 ふいに彼女のほうも資料を読み終わったのか、リクのほうに目を向ける。

 二人の視線があい流れる数秒間の沈黙。

 しかし特に何が起こるわけでもなく二人は軽く会釈をすると、アフロのほうに向きなおった。


 しかし今の状況を見て彼の感情はひどく揺れ動かされたようだった。その証拠に目をキラキラさせながら二人を交互に見つめていた。


「なんですか」

「一目惚れしたかい?」

「……そのような感情は」


 一体目の前の男が何を言いたいのか把握できず、リクは一瞬言葉に詰まってしまった。


「んー、感情とかそういうことじゃないんだけどなあ」


 体を浮かしかけていたアフロはわかりやすく落胆した態度で、再び腰掛けに埋もれた。


「いったい何が言いたいんでしょうか?」

「まあ、つまり二人には恋をしてほしいんだよ」

「……え?」

「だから、つまりはそういうことだよ」

「……言っている意味が理解できないのですが」


 言っていることは理解できるが、言っている意図が理解できないといったほうが正しい。


 リクは混乱する表情を見せているにもかかわらず目の前の男は話を終了といわんばかりに目を閉じる。

まさかこの何も分かってない状況のなか、寝ようとしているのか。

 隣に座るアンに目を向けると、彼女はいまだ困ったように微笑みながら眠ろうとしている目の前の男を見つめ続けていた。


「どういうことか、わかるように説明してください」

「さすがの君達でも、理解できないのか―。要するに君たちには恋をしてほしいんだよ」

「恋……ですか」

「そうだ。君たちアンドロイドは基本パピーウォーカーとの暮らしによって人格、性格が形成される。それは君たちも身をもって体験していることだよね?」

「「はい」」


 二人の声が重なる。そのたびに目の前の男は嬉しそうにうなずく。


「だから恋愛感情というのが芽生えているアンドロイドを僕は今まで見たことがない。だから見てみたいんだ。恋愛という感情を抱えたアンドロイドを」

「みてみたい? ということは私たちはルンバ研究長の趣味に付き合わされるということでしょうか」

「いや、趣味というよりは実験だよ。『アンドロイド同士で恋愛は成立するのか』。その実験対象者第一組だと思ってくれていい」


 趣味の一環といわれるより実験だといわれる方がリクはなぜか安心した。


「そうですか。実験ですか……。わかりました。協力します」

「おお、リクならそう言ってくれると思っていたよ。アンはどうだい?」

「私は実験内容をシュミレートすることができないので、現状判断しかねます」

「そうか、それもそうだよな……。じゃあこういうのはどうだろう」


 そういっているルンバ研究長の目が、また輝き始める。

きっとろくなことを考えていない。

今までもそういうパターンは何度も遭遇してきた。


「今少し実験をしてみようじゃないか!」  

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