第6話(part3)「実験を始めよう」「私汚れてしまったわ」

「いったい何をやっているんですか?」

 いままでで一番感情がこもっていない微笑みを見せるアン。それを見たリクは今まで感じたこともないような恐怖を味わっていた。


「いや、アンの部屋から聞こえてくるモーター音の正体が気になってな」

「それで部屋に入ったというわけですね?」

「いや、一応声はかけたんだぞ。だが返事がなかったから何事かと思って入ったんだ。これはそういうのであって」

「そういうのであって? 私がメンテナンスをしているとは察することはできなかったんですかね?」


「どうしてさっきから敬語なんだ? それに俺がそんなことを察するほど勘があると思うか?」

「そうでしたね。リクにはデリカシーのかけらもなかったですもんね」

 その口調からは怒りが感じ取れた。もしかしたら怒りを一番表現するのに適しているのが敬語だと判断したのかもしれない。


 そのおかげでリクはアンから少しでも遠ざかりたくて仕方がなかった。

 しかし逃げ場のないリクに向かってアンは手で体を隠しながら徐々に距離を詰めてくる。


「アン、落ち着くんだ。怒りで暴走してしまっては元も子もないぞ」

「この状況が元も子もないわよね? どうしてあなたはそうやって私に辱めを受けさせるのかしら! 前にも言ったわ。私はメンテナンスしているところを誰かに見られるのは嫌だと。そもそもメンテナンスしているところを見られてもいいなんて変なアンドロイドはあなたぐらいだわ」


 アンはこれでもかというほど、まくしたてながらリクに詰め寄る。それでも微笑みを絶やさない顔だったが、その顔からは優しい感情は一切感じ取ることができなかった。

 むしろ微笑み続けているおかげでより怖さが倍増していた。


「でも、そのモーター音がお隣さんに聞こえていたら迷惑になるだろう。俺はそこら辺まで考えてだな」

「私がそれを見誤っているとでも思ったわけ? それを計算していないとでも考えたわけね。ずいぶんな見方をされたものだわ。私はあなたの部屋にまで届かないようにというところまで計算して使っているのよ。お隣さんの迷惑なんてこの家のことより先に考えているわ」

「それならよかった」

「全然よくないわよ」

 リクは正直アンがそこまで怒っている理由が分からなかった。リクからすればたかがメンテナンスを見られたぐらいで、という程度のことなのだ。


「まあ価値観はそれぞれ違うのか」

「なんのことかしら?」

「……肌きれいだな」

 リクはアンを励まそうと唯一出た言葉がそれだった。


「…………」


 アンはいつもより一層微笑みを濃くすると、リクの腕をつかみそのままリクを放り投げた。


 リクはアンの不意な行動に反応することができず、そのまま体は宙を浮き扉を突き破り一瞬の浮遊感の後、腰をリビングの真ん中に置かれてある机に強打した。


「なにするんだ!」

 リクは立ち上がろうとしたが、腰のパーツが地面にパラパラと落ちていてとても動ける状況ではなかった。

 アンは部屋の隅からリクを真顔で見下ろすと、投げる拍子に取れてしまったのであろうリクの腕をリクの腹に向かって放り投げると、扉を激しく閉めてしまった。


「いったい何がだめだったんだというのだ」

 確かにアンだけメンテナンスを見られるのは嫌だといっていたから怒るのはわかる。


 ただ、最後は誉めたのだ。

 それなのになんで投げられなければならなかったのだ。


 リクは自分が動けない状況と、腹の上に無造作に置かれてある腕をもう片方の手で取りながらどうしたものかと考え始めた。


 その時玄関の扉が開き、そこから白衣を着てカラフルな頭をした一目会ったら絶対に忘れないような人物が部屋に上がり込んできた。

「……どうやら元気にやっているようだね」

「ルンバ研究長……」


 ルンバ研究長はポケットに両手を突っ込み猫背で歩きながらリクに近づくと、無残な彼の姿を見て苦笑いをしていた。

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