第9話「ちょっとこれ見て可愛い!」「この盆栽の方が可愛いですよ」(part2)
「さて、何をしようかしら」
アンにとって大学に行かなくていいというのは久しぶりのことだったが、特にこれといって家でやることも思いついていなかった。
目の前には二つの空になったコーヒーカップがテーブルの上に寂しげに置かれている。
「まずはこれを片付けるところから始めないといけないのね」
アンは軽くため息をつくと、ゆっくりと立ち上がりコーヒーカップを両手に持つと、ゆっくりとしたスピードで洗面台のほうへと向かっていった。
洗面台はあまり使っていないからか、ステンレスに自分の真顔が映り込むほどきれいだった。
映る自分と見つめあうと、アンは急にそれに向かって微笑みかけた。
もちろんステンレスに映る自分も案に向かって微笑みかけてくる。アンはコーヒーカップを洗面台に置き、片手を自分の頬に当てた。
「いったい何をやっているのかしら」
アンは今日何度目かのため息をこぼすと、そのまま蛇口をひねり冷たい水でカップを洗った。
洗うものはそのたった二つしかなかったため、数分とかからずに洗い物は終わってしまった。
アンは濡れた手もそのままに少しの間そこに立ち尽くしていたが、手を濡らしたままリビングへと戻り、いつもの定位置に腰かけた。
「…………」
リビングに流れる長い沈黙。その間アンは座ったまま微動だにしなかった。ただその顔は微笑みを携えていた。
そして時折、ハッとしたように体を震わせるとかすかに顔を振っていた。
「このままだとリクみたいに間抜けなことになるわ」
それはおそらくこの間おきたリクの強制スリープモードのことを言っているのだろう。そんなことになれば今対処できる人は誰もいない。
「盆栽はこの間手入れしてしまったし、本当にすることがないわ。これだったらリクと一緒に大学に行った方がよかったかしら」
それでも何もすることがないのは変わらないわね。とつぶやきながら再び動きを止めたアンは、はたから見れば明らかに異様で、何を考えているのかすらわからなかった。
「……テレビでも見ながら、機械メンテナンスでもしようかしら」
アンはおもむろに壁掛けテレビの下に置かれてあったリモコンに手を伸ばし、テレビをつけると適当なニュース番組にチャンネルを合わせる。
そのニュース番組ではちょうど「アンドロイド特集」が放送されていた。
テレビをつけたにもかかわらずアンはそれに目もくれずに自分の部屋に戻ると、アンの全身は余裕で入ってしまいそうな大きな機械を涼しげな表情で抱えてリビングに戻ってきた。
そしてそれを机の横に置くと機械についている扉を開き、中を覗き込み始めた。
「やっぱり少し劣化が目立つわね」
ニュースキャスターの声とアンが時折呟く独り言がむなしく部屋の中で交差していく。
そんなどう考えても異様な音の中に突如インターホンが割り込んできた。
「……誰かしら」
アンは玄関のほうに目を向けて、少し首を傾げる。ルンバ博士ならインターホンなんて鳴らさずに、ずかずかと上がり込んでくるだろうし、それに今博士は大学でリクと一緒に実験をしているはずだ。実験狂人の博士が実験を放り出してうちに訪れるとは到底考えにくかった。
しかし博士以外にうちに来客するなんて想像できないし、そんな知り合いは考える限りでは思いつかない。
そう思考を凝らしていると、再度インターホンが部屋に響き渡った。
「……とりあえず出てみればわかるわね」
アンは分解を始めていた機械とつけっぱなしのテレビもそのままに、少し警戒をしながら玄関に近づいた。
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