第4話(part3)「敬語をやめないか」「あなたの方が2か月先輩です」

 アンドロイドに果たしてそんな感情があったかと、一瞬気になるリクだったが今はアンに敬語をやめさせる方が先決だと判断し、その思考を頭の片隅に追いやった。


「しかし二か月しか変わらないわけだし、そんなに体裁を気にしても仕方ないだろう」

「しかし……」

 そもそも人同士の間でも同じ年に生まれた、いわゆる同級生のことを先輩と呼ぶ風習があるというのは、リクは聞いたことがなかった。


「それに今は体裁よりも二人の距離感を縮めることのほうが大切だ」

 リクは真剣な表情でアンの目を見つめる。しかしアンの方はリクの言ったことが理解できなかったのが、軽く首を傾げていた。


「二人の距離感を、ですか?」

「そうだ。なぜならこれは恋愛感情を芽生えさせる実験だ。だがそもそも距離感が遠ければ、そんな感情は芽生えないように思えるんだ」

「それは実体験に基づいてですか?」

「実体験があれば、こんな実験を今頃行っていないだろう」

「それもそうですね……。わかったわ。今日からは敬語はやめにするわ」

「そうか、わかってくれたならいいんだ」


 アンが納得したことにリクは軽くため息をついた。すんなりと従うタイプなのかと思ったのに、変なところで頑固であることに軽く驚いてもいた。


 一つの問題が解決したところで、リクは先ほどアンが言ったことが引っ掛かっていた。

「そういえばさっき、俺とため口でしゃべるのは気が引けるとか言っていたが、それはどういった思考で現れた感情なんだ? 俺にはわからなくてな」

 気が引けるという言葉やどういったものかは当然理解している。ただ、それを自分が感じたことはないのだ。


「私も分からないわ。」

「え?」 


 リクの口から珍しく素っ頓狂な高い声が飛び出た。

「そう言ったほうが面白いかなと思って」

 アンは笑みを一層濃くしながらリクに微笑みかけていた。その微笑みは美しくもあったが、何を考えているのかはわからない不気味な笑みだった。


「ところで先輩」

「その、先輩という呼び方はどうにかならないのか?」

「……それはまた今度にしましょう」

「……どういうことだ?」

「これ以上の実験をするのは疲れるわ」

「いやこれは実験というより提案に近いのだが……それに疲れるって、君はアンドロイドだろ?」

「あら、アンドロイドだってきっと疲れることもあるわよ」


 アンはそう言いながらすくっと立ち上がると、リクを見下ろす形でまた不気味に笑いながらアンの寝室へと入っていった。


 アンが寝室の中に消えてからしばらくリクはアンの言っていることを理解しようと考えていたが、結局答えには辿り着かず天井にむかって長いため息を吐いた。


「敬語使ったり先輩とか言ったりしているが、全然俺のこと敬ってないんだろうな」

 リクがたどりついた答えはその一つだけだった。再びため息をつきながら重く感じる腰を上げると自分の寝室へと向かった。


 これが疲れなのか。


 そんな考えもよぎったが、アンの不気味な笑みが頭にフラッシュバックし、これ以上余計なことを考えるのはやめようと判断したのだった。


「どうしてあんな急にホラーになるんだ……」

 リクはちらっと静かなアンの寝室のほうを一瞥し寝室へと消えていった。


 リビングに残されたのは一切二人に聞いてもらうことはかなわなかったアナウンサーの声だけだった。


第四話 完

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