第6話(part5)「実験を始めよう」「私汚れてしまったわ」
研究長に起こったことをすべて話し終えて、現状を理解するころにはリクの修理は完全に終了し、立ち上がり運動ができるようになっていた。
「しかしそれは完全にリク君が悪いな」
「そうなんですか?」
「だってそれは寝込みの女性を襲うのと同じ行為をしたと思ったほうがいい」
「それは……最低ですね」
「ああ最低だな。謝ったほうがいいだろう」
「謝って許してくれますかね」
「それは君たちの仲の進展具合にもよるな」
「場合によっては実験中止も……?」
「……まあ、今はその心配よりもアン君の心配をしたほうがいいだろう」
リクは研究長の言葉を受け、何か迷うかのようにリビングの机とその近くにいる研究長の周りをくるくると何度も回り始めた。
「どうした? バグったのか?」
「いえ、ただどう謝ったらいいのかわからなくて。こういう経験はしたことがないので」
「ただ率直に素直に謝ればいいんじゃないのか? ただ女性に関することで俺に聞くのは間違いだ。俺は女性の心というのだけは全く持って理解することができないからな」
研究長はあきれるようにお手上げとでもいうかのように両手をあげると、そのままその場に寝転んだ。
リクはそんな研究長を踏まないように寝ている研究長の真横で足を止めると、今日何度目かのあごに手を当てて何かを考え始めた。
「いくらシュミレーションしたって一緒さ。素直に言ってみろ」
研究長はけだるそうに弱々しく悩んでいる様子を見せるリクの足を叩くと、そのまま頭の後ろに手を組み目を閉じた。
「……わかりました」
リクは真剣な顔つきでアンの部屋のほうを見ると、そのまま部屋の前まで足を運んだ。
「アン、入ってもいいか?」
「……いいわよ」
意外とすんなり返ってきた返答に困り、リクは助けを求めるように研究長のほうを見たが研究長は目を閉じたまま一切反応しなかった。
「入るぞ」
リクはその後わざわざノックをすると、扉を押し開けてアンの部屋に入った。
アンの部屋は先ほどまでの青い幻想的な雰囲気はなくなっており、暗い部屋になっていた。
もちろんアンもその体には私服をまとっていた。
「今度はずいぶんと用心深いのね」
「さっきもこれぐらいして入ったんだけどな」
「そうなのね。それで、どうしたのかしら?」
リクは頬を掻きながら、アンのほうにしっかりと向きアンの目を見つめた。
アンはそんなリクの様子を不思議そうに見つめていた。
「無遠慮に部屋に入ってしまってすまなかった。本当に申し訳ないと思っている」
リクはそういうと、腰を九十度まげて頭を下げた。
「……過ぎたことは仕方ないわ。別にもう何とも思ってないわ」
「そうか? いや、それでも今回は俺が悪かったと思っている。だからこれからはモーター音がしているときはもちろん、アンの声が聞こえてこないときは部屋には入らない」
「そう……。約束ね」
「ああ、約束だ」
「それならいいわ。こっちも居心地が悪いから頭を上げてちょうだい」
リクはそう言われ顔を上げると、少し恐る恐るアンの顔を見た。
アンは穏やかな微笑みが浮かんでおり、その中に少し恥じらいが混じっているように感じられた。
「その、私も投げ飛ばして腕をとっちゃったのはやりすぎたと思ったわ。ごめんなさい」
アンは微笑みをその顔から消して、真顔で頭を下げる。
「……アンが怒っているとき以外に微笑んでいないのを見るのは初めてだな」
「なによそれ。私はまじめに謝っているのよ」
「ああ、それはわかっているんだが」
リクは思わず苦笑いを浮かべる。そんなリクの様子をみてアンも穏やかに微笑んでいた。
「うまくいったみたいじゃないか」
「研究長」
「アン君、俺には一言何か言うことはないのか?」
「ルンバ研究長は自業自得です。特にいうことはありません」
「相変わらず君は厳しい子だな」
ルンバ研究長は苦笑いを浮かべながら、それでもどこか楽しそうにぐしゃぐしゃの頭をさらにぐしゃぐしゃとかきむしるとアンに笑いかけた。
「……それじゃ俺は帰るか」
「あれ、何か用事があってきたんじゃなかったんですか?」
「そうだったんだが……忘れた。誰かさんのせいでな」
研究長はため息をつくと、再びよれよれの白衣のポケットに両手を突っ込み玄関へと歩いていった。
「あ、せっかく来ていただいたのに何のお構いもできずにすみませんでした」
「いやいや取り込み中に来てしまったのは俺のほうだからね。しかしそういうことでは素直に謝るんだな」
アンはそんな研究長の言葉にきょとんとした顔を見せていた。
「そうだ、最後に一つだけ言っておくことがあるんだった」
研究長は玄関で靴を履きながら、天井に顔を上げ大声でそう言うと、二人のほうに振り返った。
「あまり研究、実験ということにとらわれすぎるんじゃないぞ」
研究長はポケットから両手を出すと、二人を指さしながらそう言い放った。
「ま、そういうことだから。じゃ、元気でねー」
ぽかんとしている表情を浮かべている二人をよそめに、指さしていた手を広げ二人に向かって力なくひらひらと振ると、扉を開けた。
「いったい何なんだ?」
「さあ、何しに来たのかしらね」
二人は同時に首を傾げながらリビングに戻っていった。
「経過良好」
研究長はニヤッと笑うと、珍しく軽い足取りでマンションの階段を下りていった。
出会い編 完
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