第9話(part4)「ちょっとこれ見て可愛い!」「この盆栽の方が可愛いですよ」

「すごいですね」

 目の前に広げられた肉じゃがを見て、思わず出た一声がそれだった。


「何がすごいの?」

「目の前に料理が並べられているだけなのに、なぜか安心できる気がします」

「そこは、安心できる気するじゃなくて、安心するっていうところよ」

 そういいながら凜は「なんてね」とはみかみながら座った。


「失礼します」

「アンちゃんの家でしょー」 

 凜は楽しそうに笑いながら手を合わせる。アンも座りながらその行動を真似した。


「アンドロイドもいただきますとかいうのかしら?」

「私たちはそもそも食べる習慣がないので」

「それはだめよ!」

「どうしてですか?」

「おいしいものは食べないと人生を損しているわ! それはアンドロイドだろうが人間だろうが関係ないわ」

「……凜さんはすごいですね」

「さっきからほめすぎよ。私なんて普通よ。さ、食べましょう」

 凜はにこにこしながら否定をしているが、アンが知る限りアンドロイドをよく知らないものがここまで人間と区別しないのは、異常といってもいいほどだった。


 凜はそんな驚いているアンを気にすることなく、自分が持ってきて温めた肉じゃがを口に運んでいた。

「うーん、やっぱり薄いかしらね」

 アンも箸を手に取り、ひときわ目立っているジャガイモをとり口に運ぶ。

「…………」

「どう?」


「……おいししいです」


 それは何もシュミレートすることなく出た言葉だった。アンは凜の嬉しそうな顔を見ることもなく次々と肉じゃがを口に運んでいく。


「そんなに一気に食べて大丈夫? 熱くない?」

「大丈夫です。熱さよりおいしさが勝っています」

「アンちゃんは誉め上手ね! あ、ちょっとこれ見て」


 凜は急に箸を動かす手を止めると、テレビのほうを指さした。テレビには、ニュースキャスターが子犬とじゃれている映像が映っていた。


「そういえばテレビ映ったままでしたね、すいません」

 アンも手を止め、リモコンへと手を伸ばしたがそれは凜に止められてしまった。


「そうじゃなくて! この子犬可愛い!」

「……私は盆栽のほうが好きです」

「あら、そうなの。今度見せてくれる?」

「今度といわず今から出も準備できますが」

「いいわよ~。今は食事の時間でしょ」

 凜は子犬を見てかわいいと連呼しながら、再び肉じゃがを食べることを再開していた。

 アンも子犬より肉じゃがのほうが興味があるため、テレビには目もくれず一心不乱に肉じゃがを食べることにした。


「最近はやっぱり草食系男子が多いのね」

 少しして凜が急にそんなことを口にした。テレビのほうに再び目を向けると、今度は最近の若者男子特集をしていた。

「旦那さんもそうなんですか?」

「しんちゃん? しんちゃんは超肉食系よ! 私なんておしにおされて、結婚したところもあるんだから」

 凜は少し頬を赤く染めながらそんな話をする。


「そうだったんですか」

 アンはその話のことをさほど興味を抱かなかったが、肉じゃがをすべて食べ終えたところで、一つの疑問が浮かんだ。


「恋ってなんなんですかね」


「なに? 哲学でも勉強しているの?」

「そうじゃないんですが、今ちょっと実験をしていまして。どうしたら恋に落ちるのかといいますか」

「そうなんだ、面白いわね。恋とは……かあ。私はしんちゃんの猛アタックされたから惹かれたのもあるけれど、たまに見えるやさしいところに惚れたのかもしれないわね」

「そうなんですか。私のパートナーのリクは優しいどころか、セクハラまがいなことも構わず言ってくるんですけどね」


「あら、それはハレンチね。まあ年頃の男の子だったら好きな女の子を振り向かそうとしてイジワルもするかもね」

「それは幼稚すぎませんか」

「そうかしら。私は好きな子に気づいてもらうためにがむしゃらに頑張る男の子、嫌いじゃないけどな」

「旦那さんがそういうタイプなんですもんね」

「そうなのよ! 結婚してからもアタックされて困ってるんだけどね」

 困っているといいながらもその表情は喜びと愛情にあふれているように見えた。 アンにもそれほどにリクを想える日が来るのだろうか。


「じゃあ私は洗い物を済ませてから、おいとましようかな」

 凜はそう言いながらすでに自分とアンの皿を持ち、立ち上がろうとしていた。

 それをアンは必死に止める。


「こんなにおいしい料理を持ってきてくださったんだから、片づけくらいは私がやります」

「そう? ならお言葉に甘えちゃおうかな」

「お鍋はまた後日返しに行きます」

「ああ、そのままもらっちゃってもいいのよ?」

「そんなに甘えられないですよ」

 アンはそう言いながらも凜の好意に素直な笑みを浮かべていた。


「ほんとにアンちゃんと話していると、自分ができる子に思えちゃって困っちゃうわ」

「凜さんはできる人です」

「きゃ、ありがと」

 凜は満面の笑みでアンの手を握りぶんぶんとその手を振った。


「それじゃそろそろ帰るわね。しんちゃんが帰ってくる前に家事おわらさなきゃ」

「本当にごちそうさまでした」

「いいのいいの。またいっぱい作ったら持ってきてもいいかしら?」

「もちろんです」

 凜の笑みに対してアンも満面の笑みで返す。凜はそんなアンの頭を軽くなでると、玄関に向かって歩き始めた。


「そうだ。一つ私の持論教えてあげよっか?」

「はい?」


「恋について考えているときに、リク君のことが真っ先に頭に浮かぶならもうそれは恋に落ちていると、私は思うな」


 凜はアンのほうに振り返ると、少しイジワルな笑みをのぞかせて手を振りながら玄関を出ていった。


「恋に落ちている……?」


 アンは凜を見送り、リビングに戻ると食器の片付けも忘れてその場に座りこみ考え事を始めた。時折凜に撫でられた頭を抱えながら。

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