第6話(part2)「実験を始めよう」「私汚れてしまったわ」

 無音な部屋の中で空虚に響くのは例のモーター音だけだった。部屋の中からのアンの返事はない。


「アン、いるのか?」

 リクは部屋の中に向かって声をかけながらもう一度さっきより力強く扉を二度ノックした。


 …………。


 やはり、部屋の中からの返答は低いモータ音だけで、いくら耳を澄ましてもアンの声は聞こえてこなかった。


「おーい、その音はいったい何なんだ? お隣さんに聞こえないように配慮はしているんだろうな?」


 リクは部屋の前から質問をするが、いつまでたっても反応はない。

 試しに扉をノックし続けてみたが、それでも返事は返ってくるどころかモーター音が消えることはなかった。 


 しばらくノックしていたリクだったが、さすがにめんどくさくなってきたのかドアノブに手をかけた。


「入るぞ」 

 リクはさながら気分は思春期を迎えている娘の部屋に説教していく父親だろうか。とかどうでもいいことを考えながら、ドアノブをひねって扉をゆっくりと押し開けた。

 

「なんだこれは……」

 部屋の中は青い淡い光に包まれ、その部屋の中心では青い液体がなみなみと注がれている円柱形の透明なボックスが置かれてあった。


 そしてその中には眠っているかのように目を閉じ、一糸まとわぬ姿で浮かんでいるアンの姿があった。


「これはあれか……『全身肌質保湿装置』か」

 毎晩アンの部屋から低音のモーター音が聞こえてくる理由はわかったが、なぜそれに今は言っているのかは見当もつかなかった。


「そういえば今日は一言も話さずに部屋に戻っていったな」

 いつも二人はどちらかが帰ってくると、報告やらなにやらで少しは会話はかわすのだ。


 しかし今日のアンはいつもと様子が違い、大学から帰ってくるや否や部屋に飛び込むように消えていった。

「なにかあったのか?」


 リクはアンが漂っている『全身肌質保湿装置』の前であごに手を当てて、考え始めた。 


 少しの間の後、急に今まで聞こえていたモータ音が消えたのだが、リクは自分の考えをまとめることで必死でそれに気づくことができなかった。


「…………何やってるんですか」


 突如目の前から冷ややかな声と冷たい視線を感じたリクは顔を上げて、そのまま思わず一歩後ずさりをした。しかし後ろは閉められた扉。リクに逃げ場はなかった。

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