1月
相性占いは、相手がいるからできる
初売りの行列とか人混みは、全部テレビの向こう側の出来事。
何年も前から、親戚一同そろう新年会もない。
寝正月ってやつかな。
たった2日しかなかったけど、仕事をしたくなくなるには充分すぎる。
さすがにロッカー室で着替えたからには、少しはなけなしのやる気を出すけどね。
ロッカー室を出たところで、いま来たばかりの稲葉と出くわした。
「黒崎さん、おはようございます」
「おはようございます」
もう新年の挨拶をすませてるから、稲葉だけはいつも通り『おはようございます』だ。
あれ?
なんか、いつもの稲葉じゃなかったようなきがする。
違和感を覚えたけど、正体不明のままタイムカードを押す。
うーん、なんだったんだろう?
「あ、そっか」
服だ。稲葉の残念な私服が、残念じゃなかったんだ。
ニット帽かぶってたから、はっきりしなかったけっど、ヘアスタイルだってなんかいつもと違ってたような。
「「明けましておめでとうございます」」
「明けましておめでとうございます」
声を揃えたのは、木村さんと岡野さん。あれ? 今日は糸田さんも出勤だったはずなのに。
「糸田さんなら、もう帰ったよ」
首を傾げるわたしに、木村さんがお客さんが少ないから、お寿司を多めに作って帰ったと教えてくれた。
「「花ちゃん、明けましておめでとうございますぅ」」
「明けましておめでとうございます」
ん?
遅れてやってきた稲葉に対する態度が、全然違うんですけど。木村さん、岡野さん。これだから、おねぇサマキラーは。
「なんか、今日はいつもと違うんじゃない? 花ちゃん、どうしたぁ?」
「いえ、なにもないですよ」
「またまたぁ」
手を洗うわたしの背後で、今年も稲葉はおねぇサマ方にモテモテだ。
「いらっしゃいませ!」
あー、確かにこれは糸田さんも帰って当然かな。
三が日の最終日がスーパーマーケット『ウィングル』の初売りなんだけど、意外とお客さんは少ない。
まだまだ、家でゴロゴロしてたいもんね。あるいは、初売りとか。初詣とか。
スーパーマーケットに買い物なんて、きっとまだまだ優先順位が低いかも。それに、正月だからって普段は売り場に並べないような、寿司桶やオードブルが山積みだ。
うん。女王サマが休みでよかった。
「いらっしゃいませ!」
そういえば去年もこんな感じだったけど、こんなに張り切ってなかったようなきがする。『いらっしゃいませ』なんていう気分じゃなかった。
ちょうど、遅番の笠原さんが辞めたこともあって、そうとう気が滅入ってたような覚えがある。
稲葉が来るまでの3ヶ月、本当によく頑張ったと思う。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい」
学生さんかな。化粧と香水がキツくて、その女性客は木村さんと同年代のおねぇサマに見えてしまった。
「この寿司桶、玉子を他のネタに変えてほしいんですけど」
「えーっと、予約ではなくてですか?」
「そう。時間がかかるなら待ってるから、マグロかなにかに変えてほしいんだけど」
これは、お断りしないと。お寿司担当の糸田さんがいても、お断りしてただろうし。
「申し訳ございませんが、ご予約でしたら変更可能でしたが、今日の今日にってなると、無理です」
「えーっ」
って言われても、困る。
そもそも、わたしだって玉子より、イカがいい。
この香水臭いおねえさんは、意外としぶとかった。
入れ替えてほしいって、寿司桶をまだ指差してるんだ。
「入れ替えるだけでしょ。なんで、無理なの?」
その発想はなかった。
同じ商品の玉子とマグロを入れ替えるなんて、発想はなかった。
「こちらの商品というか、寿司の盛り合わせはあらかじめネタが決まってます。日にちに余裕をもってご相談いただければ、可能だったかもしれませんが、ネタの在庫等の関係もございますので、無理です」
「えーっ」
まさか、ここまで言わせて食い下がる気かよ。
ってゲンナリしたけど、香水臭いお客さんはそれ以上何も言わなかった。うん、寿司桶を買ってかなかったけどね。
他のスーパーとか、お弁当屋さん回っても、難しいと思うけどなぁ。
なにしろ、今日の今日だし。
「いらっしゃいませ! 本日は、寿司桶、オードブル各種取りそろえております。いかがでしょうか?」
こういう売り込みの台詞は、アドリブだ。
だからたまにつまることもあるけど、声を出すとちょっとスッキリする。ストレス解消まではできないけど。
調理場に戻ると、木村さんと岡野さんは休憩に行ったみたい。
「なんか、寿司桶とオードブルが厄介そうですね」
「だからって、まだ値引くには早すぎるからね」
「ですよね」
売り場面積は、有限だ。
寿司桶とオードブルで場所を取ってると、どうしても唐揚げなどの定番商品の数を削るしかない。
商品数を調節して、いかに値引き対象を減らしつつ、売り上げを取るか。
遅番の腕の見せ所だ。
「チキン南蛮と唐揚げ、それから竜田揚げは作ろう。後は、売り場と相談しながらだね」
「了解です」
さっきはちょっと嫌な気分になったけど、今年はいい仕事始めになってる。
そういえば初詣のおみくじ、大吉だったけ。
「稲葉さんは、おみくじ引いたの?」
「引きましたよ。超大吉でした」
「超大吉なんてあるの?」
「冗談ですよ。引いてません」
竜田揚げをフライヤーに放り込みながら、稲葉はクスッと笑う。
「俺、ああいうの信じるタイプなんで、怖くて引けないんです」
「なにそれ」
わたしも唐揚げを放り込みながら、クスッと笑ってしまった。
「稲葉さんも、占いとか信じるタイプだったんだ。意外……でもないか」
「も?」
「わたし、占い好きだけど、嫌な結果が出たら、そうならないようにするの」
「それじゃあ、占いが当たらないじゃないですか」
「でも、いいじゃない。警告とか、そんな感じで、無事に過ごせれば」
「なるほど、それもありですね」
そんなに深く考えなることじゃないと思うんだけど、稲葉は何やら考え込んでるようだ。
「あのぉ、黒崎さんは、占いするんですか?」
遠慮がちに稲葉がそう尋ねてきたのは、お客さんがいつもより早く止まってしまった夜の7時前。
わたしは、占いの話をしてたことも忘れてた。
「一応、ホロスコープ作ったり、宿曜占星術とか、易占いとか、数秘術、ちょっと違うかもしれないけど、ウィッチクラフトとか、色々かじったけど、やっぱりタロットリーディングが好きかな」
「……すごいですね。なんか」
稲葉はシールをパックに貼りながら、引き気味でつぶやいた。そっちが話を振っておきながら、それはないだろ。
「相性占いとか、しないんですか?」
「相性占い?」
女子が言うならまだわかるけど、稲葉が言うとなんか滑稽というか可愛いといいうかで微笑ましい。
「するしないっていうか、相手がいないと相性占いはできないからね。ずいぶんしてないよ」
節分の恵方巻きの予約ポップを用意しながら、わたしは憂鬱な気分になる。
「あの、黒崎さん、相性占ってほしい人がいるんですけど……」
「ふぇ?」
やけに真剣な稲葉の目に、わたしの手が止まる。
「…………」
「…………やっぱり、やめておきます。よくない結果だと、凹みますから」
深い深いため息をついても、稲葉の不幸は吐き出せていないようなきがする。
「稲葉って、占いそうとう信じてるんだね」
「えぇ、黒崎さんの占いってなんか余計に当たりそうで」
どうしてそうなるんだ。
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