初詣は氏神さまで――やっぱり、やめておきます
うんざりするほどのクリスマス商戦が終わっても、すぐに年末商戦。
ローストチキンの売り上げが、なんとか地区ベスト5入りしたことを、喜ぶ暇もない。
惣菜部門の年末商戦といえば、大晦日の年越しそば用の天ぷら。それから、おせち料理だ。
スーパーマーケット『ウィングル』は、正月の1日と2日だけが定休日だ。
それだけに、大晦日は特別な日になる。
「いらっしゃいませ! ジャンボ海老天、揚げたてとなっております!」
とはいえ、今日は12月30日。
大晦日イブだ。年越しそば用の天ぷらが売れるのはやっぱり明日。ジャンボなだけに、普段の海老天よりも高いし。かき揚げも高いし。
今、売り場に並べた分で、本日最後に決めた。
もうすぐ、夕方の5時だし。
「阿知波さん、天ぷらはもう揚げなくてもいいですよね?」
「そうね。もういいわね」
調理場でプラトレイを洗う女王サマの許可が出た途端、待ってましたと休憩から戻ってきた稲葉がフライヤーの電源を落とす。
今日は遅番3人そろってる。まぁ、忙しい明日の大晦日に女王サマは休み希望を入れたから、こうなったんだけど。
「じゃあ、ゴミ箱持ってきますね」
「「はーい」」
だから、なんで声がそろうんだろう。
生ゴミ用のゴミ箱は、衛生面で調理場に置きっぱなしにはできない。素人のわたしでもわかる。
「あ、黒崎さん」
「あ、店長」
ゴミ捨て場の近くにある喫煙所で、『脂肪の毛皮を着てますが、寒いものは寒いんです』そんなキャッチフレーズがよく似合う店長が、タバコを吸ってた。
「天ぷら売れてる?」
「思ってたよりは、売れてると思いますよ」
我ながら、微妙な言い回しだ。
この店長を毛嫌いしてるのは、女王サマだけじゃない。いつも社員の愚痴ばかりの農産部門の森田さんも、他にもたくさん名前と顔が浮かんでくる。
「そっか。今日は女王サマ、出勤だった?」
「そうですよ」
わかったって大きく頷く店長も、女王サマが嫌いだ。なにかと、すぐに食ってかかられるから。
やれやれって感じだ。今日も、惣菜部門を鬼門って判断したんだろうな。
よく店長がつとまるよ。わたしだって、責任感のない店長は嫌いだ。結局、パートのおねぇサマたちがよく働いてくれるから、この店は潰れる心配がない。今とところは。
それも、どうかとは思うんだけど。
「そう言えば、稲葉くんはお正月、帰らないの?」
女王サマがフライヤーを片付ける稲葉に話しかけているのを、わたしは調味料を補充しながら聞いてる。
「帰ろうかとも思ってたんですけど、やめました」
「そう。じゃあ、初詣はどうするの?」
「あー……。近くの神社でって考えてはいるんですけどね」
そっか、稲葉はまだこの近くに引っ越してきて1年も経ってなかったんだよね。
実は、このあたりは何故か神社が多いらしい。確かに、小学校の学区内に4つは多いかもしれない。生まれ育ったわたしには、実感がわかないけど。
「黒崎さんの家の近くに、確かあったわよね。神社。毎年、初詣行くって言ってなかった?」
「まぁ、氏神さまですし、一応、行きますよ」
まさか、女王サマから話を振られるとは思わなかった。
それこそ鐘つき映像が放送されてから歩いて家を出ても、年明けに間に合うくらいだ。
女王サマは、洗い終わったプラトレイを立てる。
「稲葉くん、黒崎さんと一緒に初詣行ったら」
「っ!」
「ふぇ?」
なんで、そういう流れになるんだ。
稲葉も驚いて手が止まってるじゃないか。
「あ、あの……、それいいですね」
「ふぇ?」
えっと、稲葉のやつが乗り気だったりするのか。なんか、目が輝いてるようなきがするし。
「黒崎さんの氏神さまって、どんな神社なんですか?」
「通称、縁切り神社だけど」
「……やっぱり、やめておきます」
「ふぇ?」
金太郎神社の画像を送ってきた稲葉らしくない、答えだ。
縁切り神社ってのは、地元の人間しか知らないような通称だ。本当は、どこにでもあるような稲荷神社だ。ただ、都市伝説ってほどじゃないけど、初詣に行ったカップルは別れるっていうジンクスがあるだけ。
うーん。
縁切り神社って言えば、稲葉なら喜ぶと思ったのになぁ。
「そう、残念ね」
女王サマ、女王サマ、なぜ冷たい目でわたしを見るんだ。
逃げよう。
「6時になりますし、売り場見てきますね」
ちょっとだけ、稲葉と初詣行けたらって思ったりしたんだけどなぁ。ちょっとだけ、残念。
「いらっしゃいませ!」
やっぱり、ジャンボ海老天は明日だよねぇ。
唐揚げや竜田揚げは、もう売り切れてるってのに。
女王サマにどう言えば、穏便に値引けるかなぁ。脳内の女王サマのトリセツを参照にしながら、シンキングタイム。もちろん、他の商品も確認しながら。
今日は、なんだか店長を利用する気にならない。
なんとなく、女王サマはそこまで機嫌が悪いわけじゃなさそうだから。
稲葉がいるからだろうか。なぜか、嫌な気分になる。
寿司がほぼ完売なのは、帰省した人たちが買っていったりしてるんだろうな。
よしちょっとだけ、女王サマのご機嫌取りしながら、さり気なく値引きしますアピールする作戦で行こう。
そう決めて調理場に戻ろうとしたんだけど、窓越しに稲葉と女王サマが真面目そうに話をしているのが見えた。
何かを稲葉が相談してるみたい。
なぜか、ますます嫌な気分になる。
「いらっしゃいませ! ただ今より、ジャンボ海老天、かき揚げが3割引きとなります。いかがでしょうかぁ」
もういい。後で女王サマに何言われたっていい。
嫌な気分を抱えてるより、ちゃんと仕事してたほうがずっといい。
手を止めて話し込んでる2人よりも、よっぽどマシだ。
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