12月

地雷は踏んで爆発するんじゃない!

「今月は、チキンをどんどん売るよ! 地区ナンバーワンの売上を目指そう!」


 12月に入るなり木村さんはめずらしく仕事前に、遅番のわたしと稲葉に宣言した。

 遅番は朝礼に参加できるわけじゃないから、口頭でパートリーダーの木村さんや、岡野さん、糸田さんから連絡事項を聞くしかない。普段は仕事しながら聞くんだけどクリスマスから節分まで続く繁忙期の始まりとあって、気合が入ってるんだろうな。


 地区ナンバーワンかぁ。せいぜいベスト5くらいかなぁ。


 まぁ、そんな本音は心の中にしまっておく。


「……ってことを、阿知波さんにも伝えておいてね」


 木村のおねぇサマよ、今日は女王サマが休みだって知ってますよね?

 確信犯めぇ。


 隣の稲葉と目があう。どうやら、同じことを思ったみたいでちょっと苦笑い。


 それから、ベトナム旅行で1週間お休みだった岡野さんと久しぶりに顔を合わせる。

 ベトナムって何があるんですかってなんとなく尋ねたら、『何があるの?』って逆に訊かれたから、笑ったのがずい分前のような気がする。

 わたしは1週間ぶりくらいだけど、稲葉はシフトの関係で10日くらい会ってなかったんじゃないかな。


 だから、もう終わったと思ってた話題も新鮮だったに違いない。


「この間、花ちゃんのお姉さんたちが来たんだって?」


 稲葉が揚げたばかりのししゃもフライをパック詰めしながら、わたしはそっと稲葉の様子をうかがった。


 せっかく、地雷を踏まないようにしてきたってのに。

 わたし以外のおねぇサマたちも、地雷を踏まないように上手いこと誘導してきたってのに。


「ほんと、困った姉たちですよ。ハハハッ」


 追加で揚げてもらったししゃもフライが入ったザルをわたしてくれた稲葉の顔が、怖いんですが。目が死んでるよ。これ、暗黒面ダークサイド稲葉だよ。

 あーあ、わたし知らないからね。

 岡野さん、のんきに天ぷら揚げてる場合じゃないよ。稲葉の暗黒面ダークサイドはドン引きものだからね。


「へぇ、でも美人さんだったらしいじゃない」


「俺が言うのも何ですけど、美人ですよ。3人とも」


 あれ? なんか、平和な会話が続いてるんですけど。

 勘違いだったのかな。さっきは、確かに暗黒面ダークサイド稲葉だったのに。


 大事なことを忘れてた。

 地雷は踏んで爆発するんじゃない。踏んだ足を離した時に爆発するんだ。


 そのことを思い知らされたのは、木村さんと岡野さんが帰った後だった。


「黒崎さん、フライヤーの電源落としますよ」


「はーい」


 仕事帰りのお客さんのために、商品を多めに補充し終わった頃。

 わたしがプラトレイを流しに運んでいた時だった。


「黒崎さん、この間は本当にすみませんでした」


「ふぇ?」


 お姉さんたちのことを言っているんだって、気がつくのに少し時間がかかった。


 だって、あれからあのことが遅番の間で話題になることはなかったから。

 何故か女王サマも話題にしなかったんだ。


 どうしてこのタイミングで、なんて考えるまでもない。


 岡野さんが踏んだ地雷が、爆発したんだ。


 地雷は踏んで爆発するんじゃない。踏んだ足を離した時に爆発するんだ。


 ハハハッと乾いた笑い声とともに暗黒面ダークサイド稲葉、降臨。

 もういいよ、好きなだけ爆発してくれ!

 なんだかんだで、気になってたから。


「俺の名前って、女々しいですよね。花に月でカゲツですからね。ええ、ええ、ガキの頃はよく馬鹿にされましたよ。そのたびに、うちの姉貴どもがからかってた奴らをぶちのめしに来たんですよ」


 わー。苦労する名前だとは思ってたけど、まさかお姉さんまで絡んでくるとは。


「男子女子、お構いなしにぶちのめす。頭おかしいんですよ、姉貴どもは!」


「そうは見えなかったけど……」


「だから、余計にたちが悪いんです。シスコンじゃないのに、陰でシスコン呼ばわりされて、俺、傷ついたんですからね」


 たぶん、シスコン呼ばわりした子もただじゃすまなかったろうな。

 そもそも、いい年した弟の職場に挨拶に来るようなお姉さんたちだ。よほど、弟が可愛くてしかたないんだろうな。


 ガンっガンって、いつもよりも揚げカスをすくう作業が荒っぽい。


「いや、助けてもらったことを、逆恨みなんてしてませんよ。ただね、ただね、いきなりこんなところに押しかけてくるとか、頭おかしいんですよ」


「……そこまで言わなくても」


「いや、言います! 言わせてください。黒崎さんにしか、話せないんですよ」


 なんで、わたしにしか話せないんだろう?


「俺の姉貴たち、上から弥生、皐月、睦月って名前なんですけど、黒崎さんならわかると思いますけど、みんな和暦の月の名前なんです。3月、5月、1月。で、なんで、俺だけ花に月だと思います?」


「さ、さぁ?」


 実は、一番気になってことだ。プラトレイを洗う手が、つい止まってしまう。


「俺も3月生まれだからですよ!」


「あっ……」


 納得。


「黒崎さん、わからないですよね。誕生日を姉と一緒に、さらにひな祭りも一緒にお祝いする気持ち」


「……」


 さすがに、もう無理!

 なんか、話が長くなりそうだし。撤退あるのみ!


「稲葉さん、ちょっと売り場見てくるね」


「あ、はい」


 なんで、そんな残念そうな目で見てくるのさ。


「いらっしゃいませ!」


「おぅ、ねーちゃん!」


 普段は快く対応できないコロッケじいさんが、中折れ帽かぶった仏さまみたいだ。

 声をかけられても嫌な気がしない。


「はい、今日もポテトコロッケですか?」


「おぅ!」


 にこやかにポテトコロッケを袋に詰めていくコロッケじいさん、今日だけはマジで仏さまです!


「たまには、竜田揚げとかも、いかがですか? まだ、温かいですよ」


「いや、いい。コロッケだけ買いに来たからな」


「そうですか」


 前言撤回。

 仏さまじゃない。せいぜい、お寺の和尚さんだ。


 ポテトコロッケは10個買っても200円。もちろん、税抜きだけど、竜田揚げ1パックよりも安い。


 まぁ、暗黒面ダークサイド稲葉よりマシかな。


 もうすぐクリスマス。体調にも気をつけなきゃ。

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