なんでわたしに訊くのかな?

 公園のイチョウもキレイに紅葉してたなぁ。


 うん。

 スーパーマーケット『ウイングル』は、クリスマス商戦モードだけどね。


 まだ11月も半ばだっていうのに、クリスマスソングは聞き飽きた。

 なにが、もろびとこぞりてだ。ジングルベルだ。恋人たちのためのクリスマスじゃない。良い子のためのクリスマスだ。ばーか、ばーか。――なーんてね。


 12月になれば、このクリスマスソングに楽しみも出来るんだけどなぁ。


「いらっしゃいませ!」


 今日は稲葉は休み。女王サマは、用事があるから1時間遅れてくるって、午前中に連絡があった。


 出勤してきたわたしと入れ違いに休憩に入った木村さんから聞いた話だと、今日はお客さんが少ないらしい。


 まだまだ閉店まで長いから、これからかもしれないけどね。ちょうど、近くの大きな工場の給料日だし。


 ポテトコロッケはまだ、補充しなくてもよさそう。

 うん。確かに、いつもより多く商品が残ってる。


 ボチボチ、作っていけばいいかな。


「すみません」


「はい」


 乱れた陳列をなおそうと伏せてた顔を向けると、思わず後ずさりたくなるようなお客さんがいた。いや、お客さんたち、だ。


 デキる女性っていうべきかな。

 そう、スキのない大人な女性が3人もいた。


「……この人で間違いなさそうね」


「ええ、ミッちゃんの言ってた子よ」


「あ、あのぉ」


 声をかけてきたのに、なんかコソコソと自分たちだけで話してる。


 用がないなら、調理場に戻りたいんだけど。


 わたしとそう変わらない歳の3人。よくよく見なくても、美人だ。クールビューティーズだ。

 そのクールビューティトリオが、キリってうなずきあうから、なんか迫力負けしてるんですけど。


「いたぁああああああああ!」


 店中に響き渡ったんじゃないかってくらいの声とともに乱入してきたのは、稲葉だった。あいかわらず、今日も私服が残念だ。


「なんで、こっちに来るんだよ」


「いいじゃない。カヅキ」


「『ば』つけるな! 弥生姉ぇ、いっつも言ってるだろ」


 あー、そういうことだったのか。

 『ば』は、馬鹿月バカヅキことだったのか。――じゃなくて、この人たちは、稲葉のお姉さんたちだったんだ。


 なんとなく、クールビューティレディスが似てるなとは思ったけど、稲葉も加わると姉弟ってよくわかる。


「義人さんから聞いて来てよかったよ。まったく……黒崎さん、今、1人でしょ?」


「あ、うん」


 早く戻れって、言われた気がした。

 どうせ弟に用事があたんだろうし、わたしも仕事しなきゃだし――私のことなんか言ってたような気がしたけど、気のせい、気のせい。


「姉貴たちも、黒崎さんの邪魔しに来るなよ。いいから……」


 調理場に戻っても、しばらく稲葉たちは売り場で口論してからいなくなった。


「……それにしても、すごいお姉さんたちだったなぁ」


 必須商品の竜田揚げをフライヤーに投入しながら、クスッと笑ってしまう。


「バカヅキ……さすがだなぁ」


 本当に馬鹿にしてるんじゃなくて、弟を可愛がってるような、そんな感じ。稲葉は、お姉さんたちに頭が上がらないみたい。


 仲良さそうな姉弟って、いいなぁ。


 わたしなんて、妹と最後に話したのっていつだったけ。



「休憩行ってきます」


 目標の3時過ぎに、おやつタイムをゲットできた。


 今日のおやつは、新発売の冬季限定のチョコレート。

 ムフフッ。今日は森田のおねぇサマはいないみたいだし、美味しくいただかなきゃ。


「あれ?」


 スマホの電源を入れると、鬼のような数の通知がたまってた。


 全部メッセージアプリの通知だ。


『さっきは、すみませんでした!』


『うちの姉貴どもが、おしかけちゃって、本当にすみませんでした!!』


『なにか、嫌なこと言われませんでしたか? 遠慮なく教えてください』


『ほんと、うちの姉貴どもが余計なこと言ってないか、気になってしかたないんで、教えてください! お願いします!』


 そんな似たような内容のメッセージが、ズラリ。


 不意打ちだったんだろうな。稲葉に連絡しないで、来たみたいだし。


『気にしてないよ。そんな謝らなくてもいいから』


 食堂でチョコレートを食べながら、返事を送る。


 あー、チョコレート美味しい。

 本当に、美味しい。


『すみません。ありがとうございます! そんなことより、何か言われなかった?』


 2つ目を口に放り込んでると、稲葉からそう返ってきた。


 よほど、気になるらしい。


『お姉さんたちが何か言う前に、稲葉さんが来たんだよ』


『そうですか。安心しました。姉貴たちには、ちゃんと言っておきましたら、黒崎さんも安心してください』


 安心するもなにも……。


「ヒトミン、おつかれー」


「お疲れさまぁ」


 内田さんが、わたしと同じチョコレートの箱を持ってきた。

 今日は、おやつ交換なしだ。


「むむっ、ヒトミン、どうした? どうした? お疲れかなぁ?」


「お疲れはいつもだよ」


「それはそうだねぇ」


 スマホをスリープモードにして、新発売のチョコレート攻略しないと。


「ねぇねぇ、さっき、花ちゃんがすごい勢いで店に来たってホント?」


「うん。稲葉さんのお姉さんたちが来てたから」


「そっかぁ。お姉さんたちがいるって、前に言ってたもんね」


 あー、やっぱり限定ってだけで、美味しさ1.5倍増しだ。


「見てみたかったなぁ。なんか、やっぱり美人さんだったんだって?」


「そうそう、クールビューティ三姉妹って感じ?」


「へぇ」


 案の定、他の部門でも話題になってるみたいだ。


 内田さんも、口の中のチョコレートに顔が緩みっぱなしだ。しかたない。このチョコレート、ほんと美味しいんだから。


「で、何しに来たの?」


「稲葉さんに用事があったんでしょ? 休みだって知らなかったみたいだけど」


「ふーん」


 なんでわたしに訊くのかな?

 家庭の事情まで、知るわけないし。てか、知る必要もないし。


「でもさぁ、ヒトミン……」


「ん?」


「なんで、花ちゃん、あんなに慌ててたのかなぁ」


「さぁ」


 だから、なんでわたしに訊くのかな?


「じゃあ、あたし、タバコ行ってくるね」


「あー、それ、わたしのチョコレートぉ」


 わたしのチョコレートをひと粒パクっと食べた内田さんは、素早く食堂を出ていった。もちろん、自分のチョコレートはしっかり持って。


 ほんと、年上だなんて信じられない。



 夕方の5時前、木村さんは帰って、わたし1人。もうすぐ、女王サマの遅めの出勤だ。


「いらっしゃいませ」


 女王サマが来る前に、売り場を確認しておこうとしたんだけど……。


 なんで、なんで、クールビューティシスターズと稲葉がいるのさ!

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