11月

カウントダウンには、早すぎる!

 毎年毎年、決まって憂鬱な気分になるのが11月の初めの頃。

 まぁ、ご機嫌ハッピーになれる時の方が少ないんだけどね。20代後半から、明らかに減ってる。


 で、この時期の憂鬱の原因はただ一つ。

 店内BGMだ。

 11月1日から、クリスマスソングオンリーになるからだ。



「黒崎さん、黒崎さん。クリスマスって、そもそもなんですか」


「わたしにそれを訊くのか」


「もちろんです。黒崎さんなら、面白いこと言ってくれるんじゃないかなって」


 いったい、何を期待してるんだ。

 閉店まで1時間きって、お客さんもまばらになった店内に響き渡るクリスマスソング。

 昼間と同じなのに、虚しさが何倍にもなる。


 稲葉とペタペタとシール貼るのも、なんだか虚しくなりそうだ。


「稲葉さんはイケメンなんだから、クリスマスにいい思いしてきたんじゃないの?」


「いい思いですか……ハハハッ」


 しまった。

 稲葉の暗黒面ダークサイドに踏み込んでしまった。


「あるわけないじゃないんですか。クリスマス限定カップルとか、クソ食らえですよ」


 シール貼りのペースを落とすことなく、稲葉の目が死んでいく。


 ヤツの暗黒面ダークサイドは、まさに地雷原だ。

 うっかり踏んで逃げようと思ったときには、爆発してる。誰かが言ってたよな。地雷は踏んで爆発するんじゃない。踏んで離した時に、爆発するのだと。

 誰か、稲葉の暗黒面ダークサイド地雷原マインフィールドの安全な歩き方を教えてくれないか。


「だいたい、クリスマスってのは、サンタクロースのクソジジイが良い子にプレゼントを配る日じゃないんですか? いや、良い子でももらえないこともありますけどね」


「そ、そうだね」


 どうやら、本当に稲葉はクリスマスにいい思いをしてこなかったようだ。だって、サンタさんをクソジジイ呼ばわりしてるんだから。


「それが、いつから恋人の夜になったんですかぁ? 聖なる夜? 清いほうじゃなくて、セックスの性なる夜ですかぁ?」


「稲葉さん、稲葉さん、落ち着いて、落ち着いて」


「大丈夫、落ち着いてますって。黒崎さんこそ、さっきから手が止まってますよ」


 大丈夫じゃない。全然っ、大丈夫じゃない。


 今回踏んだ地雷は、破壊力が過去最高だ。


 以前、稲葉に直接言ったことはあるんだ。

 あまり、周りがドン引きするような話はしないほうがいいって。

 そしたら、笑いながら『わかってますよ。こんなこと話せるのは、黒崎さんだけです』って言われたんだけど。意味がわからない。


「だいたい、クリスマス近いからって、告ってくれるのは嬉しいんですよ。俺だって、ぼっちにこだわるつもり無いですし。――あ、結婚はしないって決めてましたけどね。でも、なんで、フリーターの俺が全部奢らなきゃいけないですか? 意味わかんないです」


「まぁ、せめて割り勘がいいよねぇ」


「ですよね! ですよね! 俺が男だから、奢ってもらおうとか、ありえないですよ。フリーターだから金が無いって言うと、虫ケラを見るような目で見てくるんですよ。てか、最初っから俺のこと、フリーターって知ってたくせにですよ」


「まぁ、まぁ、やっぱり落ち着こうよ」


 ハハハッって死んだ目で笑わないでほしい。


「結局、金ですよ。世の中、金なんですよ」


「お金だけでもないと思うけど」


「あ、そうなんですか」


 上手く言えないけど、お金も大事だけど――ベースはお金だけど、他にもあるはずなんだ。


 上手く言えないけど。


「やっぱり、黒崎さんと話してるだけで楽しくなります」


「ふぇ?」


 何がそんなに楽しいんだろうか。

 なんか、からかわれた気分になる。


「ちょっと、売り場見てくる」


 なんだかんだで、稲葉と話してると楽しい。それは認める。

 普通ならドン引きするような話も、稲葉が話すから楽しいんだ。それは認める。


「いらっしゃいませ!」


 だけど、稲葉の口からそんなこと言われると変な気分になる。何ていうのか、とかにかく変な気分になって、逃げ出してしまう。


 今日は天気もよかったし、普通に売れてる。


 お客さんも、まったくいないわけじゃない。


「なんにもないじゃん」


「だねぇ」


 ピキッって音がしたよ。わたしの中で。


 出ましたよ、お手てつなぎカップル。若くないよねぇ、わたしよりも年上じゃん。


 なにもない? 偉そうなこと言うなよ。

 閉店まで、後30分ちょいでよりどりみどりとかありえない。それから、なにもないことないからね。一応、唐揚げだって1パック残ってるし、お買い得ないなり寿司とか、全部3割引か、半額だからね。

 そういうときは、欲しいものがないって言え。


 それから、こういう客に限って――。


「しゃーない。コンビニ行くか」


「だねぇ。なんにもないもん」


 聞こえよがしに嫌味言ってるつもりかもしれませんが、見当違いな難癖なんで、むしろあんたらの人間性疑わせていただきます。


「黒崎さんの人も殺せそうな視線も気にならないとか、リア充は無敵ですねぇ」


「稲葉さん、喧嘩売ってる?」


「まさか」


 いつの間にか、横に立ってた稲葉が手つなぎカップルに向ける視線だって怖いよ。


 ぼっちの僻みと言ってしまえばそれまでだけど、イラつくものはいらつくんだ。

 特に、クリスマスソングを聴きながらだと。


「まぁ、3時間前に来やがれってやつですね」


「その時はその時で、定価で買わないよ。ああいう人たちは」


 そう、『なにもない』って大きな声で言ってくるお客さんは、定価じゃ買わない。割り引いてあっても、たとえそれが半額でも、えりごのみして結局何も買わない。

 つまり、ただのケチってやつだ。


「そういえば、さっきの質問の答を聞いてなかったですね」


 調理場に戻りながら、稲葉が笑いながら言う。

 なんだったけ?


「黒崎さんにとってのクリスマスですよ」


「ああ、チキンを売る日よ。忙しい日」


「あー」


 聞くんじゃなかった。

 稲葉は声に出さなかったけど、聞こえてきそうなほどがっかりしてた。

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