GWって、そもそも?
5月5日。こどもの日。
大型連休の最終日は、地味に賑わう。
そして、地味に20円コロッケが売れる。
「いらっしゃいませ」
昼から4回くらい、コロッケを補充している。
1バットに60個から80個のせるんだけど、売り場に出してざっと売り場を確認して戻る頃には、3分の1くらいなくなっているのが見えた。
もうすぐ、稲葉が休憩から戻ってくる。ということは、わたしが休憩できるということだ。
調理場に戻ってくると、ちょうど稲葉が戻ってきたところだった。
「
唐揚げをパックに詰めていた岡野さんが、独特の節回しで言う。
最近、稲葉が『
稲葉は嫌じゃないならいいけど、『花ちゃん』ってなんか響きがかわいくて抵抗がある。
頭に花が咲いているイモ虫ほど、愛嬌があるわけじゃないし。
いや、でも愛想はかなりいいか。
今だって、木村さんや岡野さんに愛想振りまいてるし。
「じゃあ、わたし、休憩行ってきます」
「いってらっしゃ~い」
稲葉は最初の1ヶ月、やめなかった。多分、これからしばらくは一緒に仕事できると思う。
岡野さんの元気のいい声に背中を押されながら、ふと思った。
従業員が1人増えても、わたしはあいかわらずだなぁって。
職場と家を往復する日々に、たまに1人でぷらっと買い物したりしている生活が何年も続いていると、ちょっとしたことで変化を期待してしまう。知らず知らずのうちに。
期待はずれでも、そこまでがっかりすることもないんだけど。
ロッカーの休憩時間の必需品のお菓子を持って、食堂に行かねば。
「おぅ! ヒトミン、おつかれー」
「おつかれさま。内田さんも、休憩?」
「おぅ」
自然と足が内田さんの隣の椅子に向かう。
他にも休憩中の人もいるけど、再放送の刑事ドラマに夢中だ。
「やっぱ、お客さん多いよねぇ」
「ほんと、ほんと」
「「やんなるわー」」
ここまで、お約束の挨拶だ。
別に本当に、客が多くて困るわけがない。というか、来てもらわないと困るし。
意味なんてない。
「はぁ、世間さまはゴールデンウィークも終わるのかって嘆いているのかぁ」
「まま。内田さん、明日、休みって言ってたじゃないですかぁ」
「そうだけどさぁ」
今日のおやつ、チョコチップクッキーを1つ、内田さんにあげる。
「ありがとー。甘いもの、ちょうど欲しかったんだ。それにしても、ゴールデンウィークって、全然ゴールデンって感じしないよねぇ」
「むしろ、
2枚めのクッキーを食べながら、内田さんに言う。
ほんと、クッキー美味しい。
「お、うまいこと言うじゃん、ヒトミン! はい、どーぞ」
「
内田さんの
クッキーと柏餅。
大丈夫、わたし洋菓子と和菓子のコンビネーションでもいける。
「じゃあ、わたし、タバコ行ってくるね」
「
内田さんを見送って、わたしは柏餅を飲み込む。
ほんと、内田さんはいい人だぁ。
それにしても、GWがゴールデンウィークの略だなんて、誰が決めたんだよ。
わたしが休憩から戻る前に、木村さんと糸田さんが帰っていった。
岡野さんも、わたしが戻ればすぐに帰るだろう。
「お疲れぇ」
「お疲れ様でーす」
うん、帰っていった。
ま、契約時間過ぎてたしね。
「で、どう?」
「うーん。さっきまで結構お客さんいたんですけどねぇ」
「そっか」
排水口の掃除を始めていた稲葉に、あえて訊いてみる。やっぱり、こいつは当たり障りのない返事が上手い。
調理場の窓越しに売り場を見ると、それなりにお客さんはいる。
夕方の5時前。
稲葉の言い方では、さっきはもっとお客さんがいたらしい。
これは、難しいな。
「いらっしゃいませ」
とりあえず、売り場を確認しなければ。
ゴールデンウィークの最終日。
明日から学校や会社に行かなくてはならない人たちは、早めに帰って家でゆっくり過ごすだろうか。
いやいっそのこと、朝から1日中外に出ずに家でゆっくりしているかもしれない。
お客さんが途切れるタイミングを読み間違えるだけで、命取りだ。
正直もう少し追加したいところだけど、稲葉もさっきお客さんの波が来たって言ってたしな。
「売り切れ御免だ」
口の中でつぶやいたわたしの前を、小さな子どもが全力で駆けていく。すぐに、嬉しそうな顔をした男が追いかけていった。
わたしをにらまないでよ。
すぐに、店員だからとにらんできたシワの多い年配の男のお客さん。
子どもにぶつかりそうになったのは知っているけど、わたしじゃない。
たまに店員が走り回らないように注意しろってクレームが来るらしいけど、無理。
農産部門の森田さんみたいに気も強くないし。
わたしは無理。
特に親が一緒に走り回っているんだから、どうしようもないじゃない。
ほんの2、3分、売り場にいただけで、早速嫌な気分になった。
「もう、作らないんですか?」
「うん。今日は売り切れ御免で。いつ、お客さんが止まるかわからないからさ」
フライヤーの電源を落としてまわる。
値引きのタイミングさえ間違えなければ、閉店まで売り切れることなく商品を引っ張れるはずだ。
「そう言えば、稲葉さんさぁ」
「なんですか?」
流しで洗い物をしている稲葉は手を止めないで、返事をする。いや、手を止めないってのは当たり前だけど、うちには阿知波の女王サマという他人の手を止めさせる人がいるから。
「
「ゴールデンウィーク以外でってことですね」
「そ、わたしはグレイウィークじゃないかって」
「灰色週間ですか。いいですね。じゃあ、ご機嫌ウォーリーで」
「なにそれ?」
「この大型連休の間に、赤と白のストライプの男を探し出すデスゲームです」
「いや、デスゲームは関係ないでしょ」
と言うか、もう
油カスをすくいながら、わたしは思う。
なんだかんだで、稲葉とはこういうところで気が合う。
おねぇサマたちが言うように、恋愛対象として付き合いたくはないけど、話せる同僚としてはいいやつだと思う。
「いやいや、赤と白のストライプ野郎は、実はご機嫌な顔した通り魔で、まじで探し出さないとヤバい奴だったり」
「その発想はなかったな。じゃあ、グラディエーターワールド」
「なんかもう、殺伐しすぎてませんか?」
「いいの、いいの。この世は所詮、弱肉強食。
アルファベット2文字だけで、こんなに盛り上がるとは思わなかった。
「あー、黒崎さん」
だから声をかけられるまで、店長が調理場にいたことにも気がつかなかった。
『不規則な生活を送るとこうなります!』――選挙ポスター風にするなら、そんなキャッチコピーがよく似合いそうだ。
それはさておき、水嶋店長がパートリーダーの木村さんが帰った後に顔を出すなら、だいたい用件は決まっている。
フライヤーの片付けで油まみれになった手を一度洗わなくては。
「白ご飯ですか。店長」
「そうそう。悪いねぇ」
わたしよりも5歳年上だっけ?
とてもそうは思えないのは、ベルトの上に乗った脂肪のせいだろうか。
手洗い場の近くの換気扇のスイッチも切る。ちょうどよかった。
「店長、あのぉ……」
稲葉が手を止めて店長に声をかける。
「GWって、何の略だと思いますか? もちろん、ゴールデンウィーク以外で」
おい! 店長巻き込むなよ。
弁当用のご飯をパックに詰めながら、心のなかでツッコミを入れてしまったじゃないか。
「んー、そうだなぁ。……ゴキブリウォーズかな」
「「…………」」
負けた。
「店長。白ご飯。あ、今日は売り切れ御免で、もう作らなくてもいいですよね」
「うん。いいんじゃないかな。お客さまも、少しずつ減ってるし。ありがとね」
値札を付けたパックを渡す自分の声が、死んでる。
あまり深いこと考えないのか、店長は売り場にあった竜田揚げのパックと白ご飯を重ねて行ってしまった。
ちくしょう。どうしてくれるんだ。
「ギャラクシーウォーズで手を打ちません?」
「今さら無理」
「ですよねぇ」
どうやら、稲葉の脳内でも『遠い昔、はるかかなたの銀河系で』ゴキブリ戦争が始まったか、あるいは火星で進化したゴキブリとの戦いが始まったに違いない。
何事もなかったかのように仕事を続ける間も、店長を上回るGWを探したけど、結局見つからなかった。
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