おててつないで、仲良くしたくありません

 今朝のテレビでやってた渋滞の映像が嘘みたいだ。

 そんなお客さんの数。つまり、賑わってる。


 世間的には、お盆の大型連休が始まったばかり。

 もちろん、定休日なんてないスーパーマーケット『ウィングル』は平常運転。


 稲葉は県内の親戚の家に行って、今日から3日間休みだ。


「いらっしゃいませ」


 オードブル、寿司桶が売り場に並んでいる。

 でも、休憩に行く前に売り場を一通り見て回る。

 昼間より減ってる。減ってる。うん、順調、順調。


「すみません」


「はい」


 こういう機嫌のいい時は、背中から声をかけられても笑顔で対応できる。

 声をかけてきたのは、わたしと同じくらいの歳の夫婦。


 ピキッて。ピキッて、ひび割れる音がわたしの心のどこかでした。


「このお寿司って、わさび抜きですか?」


「はい。すべてわさび抜きになっております」


 手を繋いで買い物とか、やめてもらえません。絶対に、買い物しづらくありません? てか、わさび抜きって書いてあるポップ、いつも売り場にあるからね。日本語読めるよね。


 てか、手を繋いでないと死んでしまう病気か何かか!


「でも、やっぱり高いねぇ」


「しかたないだろ。親父が用意してなかったんだから」


 即、視界から外さないと。


 別にうらやましいとか、そういうんじゃない。

 ウザい。暑苦しい。外でやれ。以上!

 

 ここがデートスポットとか、そういうところなら、まだわかる。


 けどぉ、ここはスーパーマーケットですから!


 この間も、店内でイチャイチャしてたバカップルがいたけど、キムチ売り場の前でよくキスとかできるよ。まったく。

 あの時のたまたま目があった時の見せつけてやろうぜって、バカップルの顔はその日のうちに忘れたけど。

 見せつけるなら、もっと他の場所があるでしょうが。


 確かにわたしは冴えない独身アラサー女子で、彼氏いない歴2桁突入したけど、ひがみじゃない。


 普通にスーパーマーケットに買い物に来て、手をつなぐのはどうかって話。


「休憩行ってきます」


「「「いってらっしゃぁい」」」


 疲れた投げやりなわたしの声に、おねぇサマ方の声は元気そのものだ。



 たまたま貸し切り状態の食堂で、チョコパイの袋を開ける。


「甘いもの大事、大事」


 これでも、体重はそこそこ気にしてる。

 甘いものは、休憩時間のみって一応制限らしくない制限は決めている。


 壁にかかった時計を見れば、3時半過ぎ。


 今日は、阿知波の女王サマも森田さんもいない。


「なんでかなぁ」


 平和そのものだから、稲葉を恋しがる必要はないはずなのに。


 あー、机が冷たくて気持ちいい。


 3分の1のウナギの蒲焼きのお返し、諦めたはずなのに。


 あー、帰りたい。


 ん?

 待て待て、稲葉が恋しい?


 違う。違う。自分に嘘をついてはいけませんよ、黒崎 瞳さん。


 稲葉が来てくれると楽しいが、正解。


 別に恋とかしてるわけじゃないよ、黒崎 瞳さん。


「おっ、ヒトミン、お疲れぇ」


「内田さん、お疲れさまぁ」


 ちょっとだけ頭を机から引きはがして、すぐに左頬を机に押し付ける。


「元気ないねぇ、ヒトミン」


「疲れてるだけですぅ」


 アハハハと笑いながら、内田さんはわたしの隣りに座る。


「だよねぇ。お客さん、多かったもんねぇ」


「ねぇ。あ、チョコパイ、食べます?」


「もちろん、いただきます」


 チョコパイを内田さんに渡すために、頭を気持ちいい机から引きはがす。


「ありがとっ。ヒトミン」


 ところでさと内田さんはチョコパイの袋を開けながら、笑いかけてきた。


「花ちゃん、今日から実家に帰ってるんだって?」


「らしいですねぇ」


 なぜ、ここにいない稲葉の話をするんだ。


「花ちゃん、ヒトミンのこと、好きなんじゃない?」


「はい?」


 内田さん、何をおっしゃるかと思えば。


「ないでしょ」


「なんで?」


「なんでって……」


 なんでだろ?

 即答できなかったわたしに、内田さんは嬉しそうに笑う。


「にひぃ〜。じゃあ、あたし、タバコ行ってくるねぇ」


「あ、内田さんっ」


 なんだったんだ。


「チョコパイ、食べよう」


 本当に、なんだったんだろう。


 気にしたらダメだ。うん。


「あー、机が気持ちいい」


 なんだっておねぇサマたちは、すぐにそういう方向に話を持っていきたがるんだろう。


 そんなわけないのに。


 ちょっと憂鬱な休憩時間が終わる直前、スマホが鳴ったけど確認するのも億劫で、電源を切ってロッカーにしまい込む。


 どうせ、ネットショッピングサイトのダイレクトメールか何かだろう。



「いらっしゃいませ!」


 だからってわけじゃないけど休憩から戻ってきたときは、いつもよりも気合を入れてた。


 正直、オードブルも寿司桶も、もうそろそろ値引きたいところだ。


 夕方の4時半前。


 まだまだお客さんは来るだろうけど、オードブルも寿司桶もいい値段する。

 遅くに半額にしても、なかなか動かなかったりするから。

 かといって、早すぎるとあっという間になくなる。


 難しいけど、頑張りがいがあるってものだ。


 ――頑張ったんだけど、なぁ。


「いらっしゃいませぇ」


 午後8時。閉店まで、残り1時間。


 頑張ったんだけど、残ってしまった。


 思ってたよりお客さんの流れが早く止まったしまったのが、痛かった。


 残った商品の数は、そんなに多くない。

 ただ、オードブルが残ってしまった。


 千円以下の小さいオードブルは売れたのに、大きいサイズのオードブルが7パックも残ってしまった。

 他にも握り寿司の盛り合わせが、いつもよりも多く。


「ただ今より、お寿司、お惣菜、半額となります。ぜひご利用ください!」


 あまり、こんなこと言いたくなかった。


 だって健康サンダル女じゃなくても、お客さんが戻ってくるからだ。


「これ、なる?」


 ほら、来たよ。来たよ。

 後ろから声をかけられても、おっさんの大きな独り言ってスルーさせてもらう。

 悪いけど、『これ、なる?』じゃなくて、『この商品、半額にしてもらえませんか?』、せめてこのくらい言ってほしい。


「これ、貼ってくれないの?」


 ビキッて。ビキッって、ひび割れる音がわたしの心のどこかでした。


 今度は、隣の畜産売り場からやってきた女の人が迫ってきた。

 どうやら、夫婦で来てたらしい。


 化粧のきついおねぇサマが、旦那が持ってた買い物かごから、3割引きにしてあった助六寿司2パック取り出す。


 そこに値引いてある助六寿司があるんだから、そっちと入れ替えていけばいいじゃないか。


「半額にすればいいんですか?」


「そう」


 何をわかりきったことをって思うかもだけど、ただでさえ上手くいかなくて殺気立っているところに、そんな時にでかい態度を取るほうがおかしい。


 わたしからしたら半額にしてやるんだから、そんなむかっ腹立てた顔してるんじゃないよ。まったく。


 ついでに、いい年して手を繋いでるんじゃないよ。まったく!


 半額にすれば、そりゃ売れるよね。

 うん、よく売り切ったわたし。


「お先に失礼します」


「お疲れ様です」


 レジの学生バイトと入れ違いに、ようやくロッカー室にたどり着いた。

 着替える前に、スマホの電源を入れておく。


 そういえば、休憩が終わる前に何か通知が来てたな。


 帰り支度をしてからスマホを確認すると、メッセージアプリに稲葉から短いメッセージが画像が届いていた。


『こういうの、好きですよね?』


「……やばい」


 金太郎神社じゃないか!

 県内のB級スポットの金太郎神社の、シュールな金太郎のコンクリート像。


 やばい、ヤバい、ヤバイ、ヤヴァイ!


 大好物じゃないか、おい!


『好きだけど、どうして?』


 興奮気味でも、なるべく平常心を装って返信する。

 すぐに、稲葉から返信が来た。


『今日、近くを通ったから、黒崎さんなら好きだと思って。

 気に入ってくれて、嬉しいです』


 さらに金太郎と熊が相撲しているコンクリート像などなど、よだれ物の画像が次々と送られてくる。

 行ったことがないから余計に興奮する。


 稲葉、いいやつだ。

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