成人式に赤飯
成人式かぁ。
アップした髪をガチガチに固めてる若い女性を、ちらほら見かけてそういう日だったと思い出す。
会場の市民ホールは少し離れてるけど、一度帰宅して振り袖から洋服に着替えた女子たち。
夜の同窓会までの時間つぶし。
わたしの成人式は、まさにドン底だった。
元カレと別れたショックで、過食に走り、振り袖なんて着ることができなかった。
とても出席できるメンタルじゃなかったのに、出席して自滅。
これ以上、思い出したくもない。
「いらっしゃいませ」
でもこうして商品を並べてる間も、ついつい目が行ってしまう。
ガチガチにアップされたヘアスタイルって、鳥の巣みたいだ。
卵とか、雛とか、隠してあったら、面白いのに。
そう思えるだけ、年とったんだよなぁ。
稲葉が休憩から戻ってきたし、わたしの番だ。今日は休憩時間、もといおやつタイムがいつもよりも楽しみだった。
「休憩行ってきます」
「「いってらっしゃーい」」
冬に食べるアイスは、何故か美味しい。
「おつかれ~。ヒトミン、アイス食べてるの?」
「うん。稲葉にもらったんだ」
「へぇ」
出勤した際に、稲葉から食堂の冷凍庫にわたしの分のアイスがあるって聞いたんだ。
内田さんには悪いけど、一口もあげないんだから。
期間限定の濃厚バニラアイス。
平和なおやつタイム、もとい休憩時間。
「花ちゃんって、ヒトミンのことほんとに好きだよねぇ」
「ふぇ?」
何を言い出すんだ。
スプーン落としそうになったじゃないか。
「そ、そんなわけないじゃないですか。だって、あいつ、イケメンだし。わたしなんか……」
「はいはい。落ちつこうね、ヒトミン。花ちゃんの今までの言動、よぉく思い出してみなよ。よぉくね。じゃ、タバコ行ってくるわ」
「内田さんっ……もぅ」
タバコは吸わないけど、嫌煙家ってわけじゃないから、喫煙所まで追いかけてもいいんだけど、そんな気にならなかった。
思い出すまでもなく、稲葉の思わせぶりな言動はあった。
ただ、思わせぶりなだけだ。
からかわれて、腹が立つこともある。
でも怒りをぶつけられないのは、悪い気がしないから。なんだかんだで、稲葉と話してると楽しいし。もっと、話してたいと思うし。
馬鹿にされたって、腹立たしくなっても、結局楽しさが勝ってしまうんだ。
でも、ありえないから。
彼氏いない歴10年超えてるんだよ。
元カレにフラれた原因だって、わたしの将来性のなさだってハッキリしてる。
専業主婦になりたかったわけじゃないけど、女にだって経済力が必要なんだって思い知らされたんだ。
ズルズルと、20代をすごしてこのまま一生干物女だって諦めてる。
そんなわたしを稲葉が好きになるわけがない。
メリットがない。
「あ、アイス、食べなきゃ」
休憩時間終了10分前にセットしたスマホのアラームが鳴る。
こんなこと考えてる場合じゃない。
「戻りましたぁ」
「おかえりなさい」
「あれ? 木村さんと糸田さんは?」
「帰りましたよ」
気がつかなかった。
ロッカー室は、食堂の向こうだからいつもは気がつくのに。
「さっきから傘持ってるお客さんが増えてきてるから、フライヤーの電源切りました」
「了解」
成人式の間だけでも、雨がふらなくてよかったかも。
「いらっしゃいませ」
確かに、夕方の5時前にしてはお客さんが少ない。
本日の問題児は、赤飯だ。
お祝い事に赤飯を売り出すけど、案の定売りにくい。
特に、今日は主役の新成人は同窓会に行ってるだろうし。
「2割か、3割、か」
迷う。
まだ5時前というのが、決断を鈍らせる。
でも、11パック。
「3割だね」
声に出せば、迷いが断ち切れそうな気がする。
赤飯と言えば、森田さんが姪っ子の初潮のお祝いに赤飯持っていこうとしたら断られたって怒ってたのを思い出す。
『あたしの時も、嫌でしかたなかかったけどさぁ。お祝いはお祝いじゃん。なんで、嫌がるかなぁ』って、ちょっと姪っ子さんに同情したくなる。
自分が嫌な思いしたことを、他人に経験させようってのが理解できない。
わたしの親は、そんなことしなかったけど、『おめでとう』って言われただけでも、複雑な気分になった。
素直に喜べる子って、どれだけいるんだろう。
男子も精通したらお祝いすれば、少しは気が楽かもしれないのに。
そんなどうでもいいこと考えながら、赤飯を値引く。
「あらぁ、赤飯、もう安くなってるのねぇ」
「はい。よろしかったら、いかがでしょうか?」
迷ってるご年配のご婦人。
「孫が今日、成人式だったのよねぇ。買って、持っていってあげようかしら」
曖昧に笑うしかなかった。
赤飯が好きな人がいないわけでもない。もしかしたら、お孫さんは赤飯が好きなのかもしれないし。
5パックまとめて買い物かごに入れる姿を見ると、笑えなくなった。
うん、お孫さん、同窓会で家にいなかったら、どうなるんだろう。
すごい複雑な気分だ。
2パックは半額にして、赤飯をどうにか売り切った。
フライヤーの電源など閉店時の確認をして、稲葉とわたしが続けてタイムカードを押す。
「黒崎さん、節分、忙しいって糸田さんたちから聞かされてるんですけど、脅しですよね?」
「もちろん」
「よかったぁ。すごい忙しいって、他の部門の人からも言われますし」
「もちろん、馬鹿みたいに忙しいよ」
「マジですか」
そうやって、天を仰ぐ気力もなくなるくらい、節分は忙しいんだよ。
いっそのこと、訊いてしまおうか。
『わたしのこと、どう思ってるのか?』って。
今なら近くに誰もいないし、すぐにすむだろうし。
「稲葉さん、あの……」
「なんですか?」
「お疲れ様です!」
「……お疲れ様、です」
やっぱり、無理!
逃げるみたいにロッカー室に来てしまったけど、どうしよう。
どうしよう。どうしよう。
とりあえず、勢いでこういうことはよくない。うん、よく考えてから、訊いてもいいかも。
よし、落ち着いたね、わたし。
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