三郎


「あいつ、罠の木をやたら気にしているな」


 三郎は男の後を歩きながらその背を見上げた。男は先程からきょろきょろと辺りを見回し、溜息を吐いては首を振っている。



 罠の木はその生長過程が他の樹木と少々異なる。

 季節ごとに生え変わる草花と違い樹木の生長には長い歳月がかかるのが普通だが、罠の木の生長は異常に速い。その育ち方も他と大きく異なる。


 罠の木が生える場所は、まず更地になる。昨日まで普通に草木が生えていた場所がある日突然そうなるのである。

 草木が無くなったと思ったら、そこに石のような土台が生えてくる。その土台から骨組みが伸びてゆき、その間を埋めるように天辺と側面が覆われてゆく。

 更地が現れてから生長しきるまで半年もかからない。

 生長しきった罠の木は、花をつけるでもなく、実をつけるでもなく、ただそこに在る。主に夜間に時折発光するが、仕組みは分からない。今も罠の木の何本かは側面の樹皮の透明な所から光をこぼしている。

 育ってしまえば、多少奇異ではあっても無害な木である。天辺などは絶妙な傾斜になっており日向ぼっこに最適だから、むしろ有用なくらいだ。


 しかし「罠」と名がついている通り、これは恐ろしい木なのだ。

 生長中の罠の木は雨風を凌ぐのに丁度好い。だからねぐらにする猫は多い。ただし、罠の木は日々育っている。うっかり寝ている間などに育ち切ると出られなくなる。

 一度閉じた罠の木は二度と開かない。何十年もかけて朽ちるまでそこに立ち続ける。閉じ込められた猫は爪が剝げるまで内側から木を引っ掻き続けて、やがて飢えて死ぬ。



 男がまた罠の木を覗き込んだのを見て三郎はぶるりと体を震わせた。


「なあお前。間違っても罠の木に取り込まれたりするなよ」


 通じないことは分かっていても、とろくさそうなその男の身を案じずにはいられなかった。

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