ハーメルンの笛吹きみたいだな。


 男はぞろぞろとついてくる猫たちを見てくすりと笑みを漏らした。

 腕のなかの鯖トラがボスなのだろう。心配しているのか従属しているのか、離れる気配は無い。


 それにしても。

 かれこれ歩いているが人にも車にも全く出会わない。大きな道路も一度通った。にも拘わらず人の存在が感じられない。そんなことがあるだろうか。

 通りだけではない。この辺りは家もおかしい。電気が点いている家も何件もあるのに生活音がしない。まるで空っぽの家に明かりだけが空しく灯っているみたいに。


 意を決して呼び鈴を押してみる。軽やかな音が響き、腕のなかの鯖トラが驚いたように毛を逆立てる。


「ごめんな。びっくりしたな」


 男は逆立った毛を優しく撫でた。頬の辺りを擽ると次第に緊張が解けてゆくのが分かる。ほっと息を吐いてインターフォンに向かって話しかけた。


「あの、朝早くからすみません。実は道に迷ってしまって。駅まで行きたいのですが、道を教えていただけませんか?」


 暫く待つが反応は無い。ひとつ呼吸を整えて、もう一度呼び鈴を押した。



     *



「まあそうだよな。見知らぬ若い男が朝早くに訪ねてくるって、怪しすぎるもんな」


 そう言って男は己を慰めた。

 確かに不用心ではあるが、インターフォン越しに応えるくらいはしてくれてもいいのではないか。そう思って明かりの点いている家に数軒同じことをしてみたが、反応は変わらなかった。

 うな~ん、と鳴いた猫が慰めるように頬を手に擦り付けてくる。それを一頻り撫でてやり、気を取り直してまた歩き始める。



 どんな田舎でも夜が明ければ人が動き出す。流石に道端で声を掛ければ一人くらいは応えてくれる人が居るだろう。

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