作戦8 実践2の2 にゃんこ天国

 昼下がりの公園で男は満足気に額の汗を拭った。

 ふう。やってやった。撫で撫で待ちの行列をやっつけてやった! 男のなかに拡がるのは達成感。そこら中に広がるのは、弛緩して伸びきった猫たち。

 以前一面を薄紅に染めていた桜は青々とした葉を風に揺らし、その先の空には入道雲がもくもくと盛り上がっている。


「夏だなー」


 ジージーという蝉の声を聞きながら体を伸ばす。昼近くになり小腹も減ったので、手を洗ってベンチに腰掛けた。紙皿を並べてパウチの封を切る。ペリリ、と音がすると何匹かの猫が首をもたげた。



     *



「ちょっといい匂いがしますね」


 三郎の言葉に銀二も頷いた。


「そうだな。カリカリよりはマシかもしれん」


 鼻をヒクヒク動かして男が器用に紙皿にメシを広げていくのを見守る。


「だが、今回も皆には行き渡らんな」


 男が買ったのは三にん分のメシだ。対してここには二十匹余りの猫がいる。


「おおい」


 銀二は仲間を振り返った。


「あれ食いたい奴、こっち来い」


 ぞろぞろと集まってくる猫たちを見て、男が困ったように眉を下げながら三枚の紙皿を地面に並べる。その膝にとん、と飛び乗って銀二は言った。


「ではまず、この間さきいかを食えなかった奴から食え。欲をかかずに他の奴にも残してやれよ。三郎。こ奴の持ち込んだものだから問題ないとは思うが、念の為にお前、確認しろ」


 頷いた三郎が躊躇いがちにひと欠片口に入れる。ぴん、と耳が立ち、尻尾がふわりと揺れた。


 そうか。美味かったか。銀二はふっと笑った。


「やっぱ統率執れてるなぁ。猫なのに」


 順に並んでメシを堪能する猫たちを見て男が言った。


「猫だから、は余計だと前にも言ったろう」


 銀二は鼻を鳴らしたが男は聞いていないようで、バスケットの中をがさごそと漁っている。


「たいちょーは食わないの?」


 おにぎりのフィルムをぺりぺりと剥がしながら男が問う。


「私は好いのだ。また食べる機会もあろう。だが、あいつ等には今日だけだからな」


 仲間を見下ろす銀二の髭を風が揺らしてゆく。夏の日差しは厳しいが、木陰で草の香を含んだ風に吹かれるのは心地好い。


「ほら」


 男が手を差し出した。見れば、ほぐしたおにぎりが載せられている。


「何やらこの前とは逆みたいだな」


 銀二は笑った。銀二たちが調達してきた獲物メシを見て、男は青褪めていたのだ。

 ぱくりと口に含むとかつお節の旨味が広がる。


「ああ。これも美味いな」


 銀二は男に擦り寄った。


「美味いか?」


 男は笑って、自身もおにぎりにかぶりつく。銀二は男の手からもうひと口食べた。ただメシを食うだけのことなのに幸せを感じるなんて不思議だ。


 ああ。ぴくにっく最高。


 銀二は男の膝で丸まった。大きな欠伸が出る。


「あーっ。隊長だけズルいっ!」


 男の足元で小太郎が騒いでいたが、銀二はちらりとそちらに向けた目をすぐに閉じて眠りの淵に落ちていった。

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