このひと、異世界に飛ばされて来たのに全然気づいていません。

早瀬翠風

🐈このひと、異世界に飛ばされて来たのに全然気づいていません

邂逅

ひと side


 背中が痛い。


 覚めかけて一番最初に感じたのはそれだった。


 お日様の匂いがする。


 次に感じたのが、それ。

 何か、生温かいようなひんやりしているような。微妙な温度の柔らかいものが顔中にぷにぷにと押し付けられている。

 その柔らかいものから香ばしいお日様の匂いが漂ってくるのだ。


 気持ちいい……

 何ならずっと、ぷにぷにしていて欲しい。

 だけど。


 背中が痛い。


 何とかその痛みから逃れようと身を捩った。刹那。


「ふぎゃっ」


 耳元で大きな声がして、お日様がすっと離れた。

 ああ、俺のぷにぷに……

 反射的に声のした方に手を伸ばして逃げてしまった温もりを探す。

 もふっとした何かに手が触れた。


「みぎゃあぁぁっ」


 一度目とは比べ物にならない大音声とともに頭の辺りに在った柔らかな気配がすっと飛び退く。

 流石に目が覚めた。

 体を起こしてそちらを見ると、ぴん、と尻尾を立てた鯖トラの狸が低く呻りながらこちらを威嚇していた。



     *



 ちょっと状況を整理しようと思う。


 今日は企画が終了した打上げで、年若の俺は調子に乗った先輩にしこたま飲まされた。

 まあ、それはいい。

 機嫌よく振る舞われる酒は美味いし、弱くもなければ嫌いでもないし、俺はまだ若い。それに明日は土曜で休みだ。勧められるままに飲んだ。些か飲み過ぎたかもしれない。

 ふらつく足取りで駅まで辿り着いたところまでは覚えている。終電には間に合った筈だ。



 で。


 ここは何処だ?



 木塀で囲まれた庶民の家一軒分ほどの空き地には、大きな木が一本立っている。端の方に生えた雑草と、踏み固められた地面。そして三つ重ねた土管。

 何か、どっかで見たことのあるような。でも確実に知らない場所。


 その土管の上に仰向けに寝ていたのである。

 目が覚めた今は、件のガキ大将よろしくそこに座り込んでいる。

 夢かな、と思った。

 ちょっと現実味がない。

 お約束通りに頬を抓ってみる。

 痛い。

 酔いが醒めてきたのか花冷えの空気も身に沁みる。

 てことは、やはり夢ではないのか。

 しかし痛みを感じることが果たして現実の証明になるだろうか。

 頭を捻るが、


 ま、いっか。


 酔払って間違った電車に乗って、知らない駅で降りて、ふらふらと歩いた末にこんなところで寝入ってしまった。

 ってのが真相だろう。

 いくら若い男だと言ってもちょっと不用心だな、気を付けよう。

 街灯に照らされた空き地を見渡して俺は思った。


 目下の問題は今居る場所ではない。

 問題は、置かれている状況。



 空き地を埋め尽くすほどの、


 夥しい数の、






 猫。

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