別れ


 駅の構内はがらんとしていた。

 日頃は人で溢れていてむしろ狭いくらいに感じるのだが、人が居ないとこうも違うものなのか。

 男はがらんどうの構内で壁沿いに視線を彷徨わせた。路線図か、或いは時刻表を探しているのだ。ぐるりと一周見て回り、好ましくない既視感を覚えながら慎重にもう一周確認する。


 だから、何なの、ここ。


 最早大してショックも受けない。


 ああそう。そうなのね。ふうん。


 若干投げやりな気持ちで待合の椅子にふんぞり返る。両腕を椅子の背に掛けて天井を仰いだ。幾つものダウンライトが明るく構内を照らしている。

 確かな生活の証。

 だが、ここではその明るさも虚しいだけだ。


 吐きかけた溜息が入口の方から響いた歓声に掻き消された。目を遣ると三匹ほど塊になった猫が入口の戸を押して隙間を作っている。何がそんなに嬉しいのか知れないが、やんややんやの大騒ぎだ。

 男は思わず噴き出した。


 ここはおかしな町だ。

 人は居ないし、食べるものは無いし、得体が知れない。

 それに、月曜には出社しないといけない。


 猫たちは別の扉を見つけてそちらに駆けてゆく。同じように戸を押して、ぴくりともしない扉を不思議そうに見つめる。

 男は立って行って戸を引いた。


「引き戸だから」


 笑う男に猫たちの賞賛のまなざしが注がれる。

 男が一度閉めた戸を、立ち上がった猫が両手を掛けてカラカラと開く。再びどよめきが起こり、猫たちは戸は開けっ放しのまま別の扉を探しに走る。

 そうやって構内の扉をひとつひとつ開けて回った。猫が何故そんなに夢中になるのか分からないまま、男は付き合ってそれぞれの扉の開け方を教えた。ドアノブだけは滑って回せなかったが、ほかの扉は総て攻略した。


 さすがに開けっ放しでは肌寒いので戸を閉めて、男は元の椅子に腰掛けた。ポケットから蜜柑を取り出し、剥いて食べる。


 これからどうすれば好いかは分からないけれど、こいつらと居れば退屈はしない。

 取り敢えず電車が来るまで待とうと思うが、そんなものは来ないような予感がする。明日の昼くらいまで待ってみて、駄目ならここで暮らす方法を考えなければならないのかもしれない。


 男は蜜柑の皮を足元に置いて伸びをした。並んだ椅子の上にごろんと横になる。子猫と鯖トラがやって来て、男の傍らに丸まる。



 悪くない。



 柔らかな温かさに包まれて、男は目を閉じた。

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