にゃんこはちゃんと気づいています
寝息を立てる男の髪が急にふわりと明るくなった。
三郎は毛繕いの手を止めて不意に光り始めたそれを凝視する。夕べ土管で眠りこけていたときも、昼間庭先で眠ったときも。そんなことは起こらなかった。
男の鎖骨辺りで眠り込んでいる小太郎も(重そうだな)椅子の背と男の脇腹の間に納まっている銀二も、気づいてはいないようだ。
不穏なことであるならふたりを引き離さなければ。
男の鳩尾に手をついて小太郎を咥え上げた。刹那。
ふわり。
男の髪の毛の間から綿埃のようなものが舞い上がった。淡く光っているのはその綿埃だ。およそ重量を感じさせないそれは、てん、てん、と毬のように男の顔のうえで弾む。
……?
三郎のなかで疑問が
驚いて固まった一瞬に男に触れている三郎の前足まで淡い光に包まれる。見れば男にぴったりと寄り添う銀二も光に包まれて、あろうことか輝いた部分から淡く透け始めている。咥えた小太郎まで光を放っているのを認めて三郎は覚悟を決めた。
小太郎を男の腹にそっと下ろし、振り返って仲間を呼ぶ。
これから何が起こるのか想像もつかない。
しかし、突然将を失って群を動揺させるべきではない。
既に消えかけている己等の姿を自覚しつつ、三郎は残される者たちに指示を与えた。
「大丈夫。ちゃんと戻ってくる」
微笑んだ三郎が輝きのなかに消えてゆく。
後にはダウンライトに照らされた据付けの椅子が、整然と並んでいるだけ――
*
異常に騒がしい。
銀二は男の脇に伏せたまま片目を開けた。
「おはようございます」
目だけを動かすと、見下ろす三郎と目が合った。その位置関係に違和感を覚えて銀灰色の短毛を辿る。案の定、三郎は男の鳩尾にちょこんと座っていた。うんうん男が呻っているのもお構い無しだ。
「騒いでいるのは誰だ。煩いから黙らせろ」
「それはちょっと難しいですね」
あっさり却下されて銀二は苛立ちを滲ませた。顰めた顔のまま身を起こす。
「そこを何とかするのがお前の……」
苦言を呈しかけた銀二の目が見開かれた。あんぐりと開けた口にぶら下がった下顎は今にも落っこちそうだ。
がらんどうの罠の木のなかで眠りに落ちた筈だ。
決して移動していない。
そんな間抜けではない。と、思う。
しかし今、その内部は満たされている。窮屈さを感じる程に。
えええええええぇぇぇっっ。
「お前、何でそんなに落ち着いている」
銀二は若干涙目で三郎を見た。
「私はちゃんと目を開けていましたから」
事も無げに三郎は応える。
「試してはいませんが、多分戻れると思います」
「あ。そうなの?」
「ええ」
頼りになる参謀を持って己は幸せだと銀二は思った。
「じゃあ帰るか」
「いえ」
「あ?」
「まだ男が目覚めていませんし」
ぐるりと周りを見渡して三郎がにこりと笑う。
「見たいじゃないですか。くるま、とか。じはんき、とか」
せっかく来たのだから数日遊んで帰りましょう、と三郎は言う。
普段は控え目だが、三郎はこうと決めたら梃子でも動かない。
「まあ、好いが……」
銀二は渋々といった態で頷いた。
それを見た三郎がにやりと笑う。
「好かったですね」
「何が」
「いえ、何となく」
ふたり並んで辺りを眺めた。
男と似たようなのがうじゃうじゃ居る。
何やら含み笑いをする三郎の下で、男が大きな欠伸をした。
猫たちはちゃんと気づいている。
どうやら見知らぬ世界に迷い込んでしまったことに。
そして、せっかくだから。
大いに楽しむつもりだ。
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