罠の木


 それは本当に恐ろしい木なのである。


 いったい何匹の猫が犠牲になったか知れない。


 だから銀二は生長中の罠の木には近付かない。

 群の仲間には、塒にするなら必ず複数でと言い含めてある。


 生長した罠の木は決して開かない。

 だからこそ、奥歯を噛んで諦めた命がある。




 なのに。




 銀二はあんぐりと口を開けて男の背を見つめた。

 銀二だけではない。猫たちは皆、驚愕に打ち震えている。



 男はあっさりと。泣きたくなるほどあっさりと、罠の木を開いて中に入っていった。



「うそぉ……」



 誰かが呟いた。



     *



 腕に抱いた子猫が妙にぴーぴー鳴きだしたので、男は首を傾げて歩を止めた。

 振り返ると、あんなにぴったりくっついてきていた猫たちが一匹も居ない。首を伸ばして見回すと扉の向こうからこちらを見ている。


 ああ、扉が閉まってついて来れなかったんだな。


 踵を返して戸を押した。


「たいちょー?」


 声を掛けると、のそりと立ち上がった鯖トラが胡散臭げに寄って来た。

 そのまま男の脇を通り抜け、一頻り建物のなかを窺って、扉を押さえる男の手を見つめる。


「にゃあ」


 鯖トラが呼び掛けるとやっと、ほかの猫たちも立ち上がった。



     *



「みゃあぁぁぁぁん」


 小太郎はパニック寸前だった。無理もない。罠の木に入るという行為は死に直結する。


 いやああぁっ。たいちょーっ。


 泣き叫ぶが時既に遅し。男の腕に抱かれて小太郎は罠の木に取り込まれた。一度開いた罠の木が再び静かに閉じる。


 何で? 何で開いちゃったの? どうするの? ねえ、どうするのっ?


 必死で男に訴えるが、悲しいかなこいつは小太郎の言葉を解さない。すたすたと木の奥に進んでゆく。

 そんなに入り込んで何かあったらどうするのか。何とか男の歩みを止めようとするが、通じない。それでも小太郎は訴え続けた。

 ふと、男が立ち止まる。

 振り返って踵を返す。


 銀二が入って来たのを見て、やっと小太郎は鳴き止んだ。

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