何だか確信に満ちた足取りで鯖トラが歩くので、男はそれについていくことにした。

 どうせ当ては無いのである。

 夜を迎えた住宅街は明かりは灯っているが人の気配は無い。

 子猫を抱いて歩きながら男はきょろきょろと辺りを見回した。

 真夜中から明け方にかけての時間帯ならともかく、宵の口に物音ひとつしないなんて有り得ない。


 この町に人は居ない。

 出掛けているとか、眠っているとかではない。

 存在しない。

 おかしな話だが、そう認めざるを得ない状況だ。



 小一時間ほどで少し開けた場所に出た。大通りの向こう側に二階建ての駅舎が見える。


 ああやっと。


 男は安堵の息を漏らす。

 家に帰れる。

 まともな飯が食える。

 風呂に入れる。

 得体の知れない不安から解放される。



 ガラス製の扉を押して男は駅に入った。



     *



 その大きな罠の木には大きなうろがある。

 二本の木が絡み合ったようにも見えるバカでかい木で、真ん中がぽっかり空いて通り抜けられるようになっている。洞の両側は透明な硬い膜に覆われている。そのため木の内部がよく見えるが、そこはがらんどうで何も無い。罠の木は大体そうなのだが、この木は特に大きいのでそれが目立つ。


 男が嘆息して罠の木に向かっていくのを見て、やはりこれが駅なのだと銀二は安堵した。

 これで男を帰してやれるだろうか。


 少し寂しいな、と銀二は思う。

 帰り方が分からないくらいだから、どうせ来方も知らぬのだろう。

 一度別れたらもう会えないかもしれない。




 洞の真ん中に立って、銀二は男に擦り寄った。

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