帰還

帰り道


 ああ、馬鹿。俺の馬鹿。




 すっかり日の落ちた他家の庭で男は頭を抱えていた。

 簡単に駅が見つかると思ったのに、その目論見は既に砕け散っていた。

 しゃがみ込んだ膝頭に載せた腕に額を付けて、はああっと長い溜息を吐く。




 電池が。


 力無く垂れる右手に握られたスマホの画面は暗い。




 充電が、






 切れてる。




 何で、朝イチで気付かなかったかなあ。朝ならいけた。多分。いや、絶対。



 男の周りには満足気に弛緩した猫たちが転がっている。そのなかで、一匹がむくりと起き上がった。



     *



「どうした、情けない顔をして」


 銀二は男の指先で鼻をすんすんと動かした。男の手には何やら薄っぺらくて四角いものが握られている。

 それを最初に見たとき、男の顔は喜びに輝いていた。それなのに今は、同じものを見て肩を落としている。訳が分からん。


 分からんが、銀二は男を元気づけてやりたい。

 その為には駅だ。

 とにかく、男が行きたがっている駅に連れて行くのだ。


「さあ行くぞ」


 銀二はそう声を掛けて男の手の甲を舐めた。のそりと顔を上げた男が覇気のない目で銀二を見返す。


「ああ、鬱陶しい。もっとシャキッとせんか」


 銀二はすっと背を伸ばして座り、柔らかい地面にぱしん、と尾を打ち付けた。

 それを見て男の顔がほころぶ。



「あれ? なんか俺、怒られてる?」


「怒ってはおらん。気合を入れろと言っておるのだ」


「ああ、何か励まされてる気がする。優しいな、たいちょー」


「お? 私の呼び名を覚えたのか。もしや言葉が分かるようになったか?」


「一生懸命慰めてくれてるんだな。きっと。たいちょー好い奴だな」


「ああ、分からんのか。そうか。まあ、そうだろうな」


「やっぱ、たいちょー可愛いなあ」


「なっ……。か、かわっっ??」


「なあ、たいちょー。俺と一緒に来ない?」


「なっ」


「駄目かなあ。やっぱ駄目か。でも離れたくないなあ」


「お前、何を言って……」


「やっぱあれか。俺がこっちに来なきゃなのか」


「……」


「やっぱ駅だな。さすがに駅には駅名が書いてるだろう。何でこの町って、電柱にも塀にも住所載ってない訳?」


「じゅうしょとは何だ」


「探すか、駅。このままだと週明け無断欠勤になってしまう」


「むだんけっきんとは……。否、いい。駅だな。よし、連れて行ってやるからついて来い」




 銀二が立ち上がって声を掛けると男も立ち上がって伸びをした。


「何? お前も来るの?」


 男の言葉に、銀二はにゃあと応えた。

 仲間たちはまだ夜の庭に伸びている。銀二は声を掛けなかった。元々、いつも連れ立っている訳ではない。


 門を潜る銀二と男に気付いた何匹かが慌てて後を追った。

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