渇き
その切実な問題は来たるべくしてやって来た。
昼下がりの公園で、男は嬉々として猫たちと戯れていた。
歩いても歩いても誰にも会えない。己のいる場所も、帰り道も分からない。
ちょっと嫌んなっちゃったのである。
なので、少々現実逃避してしたいことを思いっ切りやってみた。
今や朝露はすっかり乾き、太陽は真上から男たちを見下ろしている。
舞い散る桜。降り注ぐ太陽。吹き抜けるやわらかな風。麗らかな春のひなたで男は額に浮いた汗を拭った。その足元には仰向けに伸びきった猫が累々と横たわっている。
ふう、と溜息を吐いて男は立ち上がり腰を伸ばした。
ああ、しあわせ。ねこ天国。
最初の空き地でも、歩く道すがらも、公園に入ってからも。猫たちは男と一定の距離を保っていた。その警戒心は本能なのだろうがちょっと寂しい。なまじ鯖トラがあっさり懐いてくれただけに、何でほかの猫は寄って来ないんだと切なくなる。
元々、男は猫好きな訳ではない。嫌いでもない。まあ、普通。
ただ、知らない土地でほかに人の気配も無く、心細い。そんなときに温かいものに触れて虜になってしまったのだ。
好きになったら好きになって欲しい。そう思うのは仕様のないこと。しかし男と猫との間には未だ隔たりがあった。
歩き疲れたこともありがっくりと項垂れていたら、子猫が膝に乗って来た。
喜んで子猫を撫でていたら、何匹かが傍に寄って来た。
寄って来た猫も撫でた。また寄って来た。また撫でた。寄って来た。
そうして夢中で撫でていたら、いつの間にか昼になっていた。
立ち上がった男の腹が不意にぐうううっと鳴った。
腹減った。
夜明け前にさきいかをひときれ食べてから何も口にしていない。そういえば咽も渇いた。きょろきょろと辺りを見回すが、もちろんおにぎりが生えている訳はない。
コンビニでも探すか。
取り敢えず目に付いた水飲み場で喉を潤して男は公園を後にした。
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