確信


 ――無害。





 私は数刻の逡巡の後にそう結論付けた。


 だらしない顔で嬉しそうに小太郎を撫るその男が脅威だとは思えない。

 そもそもこの数刻の間、あてもなくふらふら歩き回るだけで何かしらの策略を巡らせている風もない。

 この男はやはり迷子だと思う。元のところに戻してやらねばならない。


 私は男の膝のうえで立ち上がった。注意を引こうと、小太郎に夢中の男の手に体を擦りつける。


「なあ、お前」


 男が視線を向けてきたので私は話しかけた。言葉は通じずとも、何かしら伝わるのではないか。そういう期待を込めて。


「お前の言う『えき』というのは、大きな罠の木のことか?」


 歩き回る間、男は幾度となく『えき』の場所を訊ねていた。応える筈のない罠の木に向かって。

 私は男が探しているものが何なのか分からない。分からないが、テリトリーの西の端にバカでかい罠の木がある。もしかしたら、あれが『えき』なのではないか?

 あんなに行きたがっているのだから、他に手掛かりも無いようなのだから、試しに連れて行ってやろうと私は思う。


「ちょっと遠いが、ついてくるか?」


 私の問いかけは、しかし男には通じなかったようだ。大きな手を伸ばしてきて私を抱き上げる。


「お、おい。何をする」


 慌てる私を掴まえて、またあの魅惑の指で絡め捕ろうとする。あれはいかん。恐ろしく心地好いが、仲間の前で晒して好い姿ではない。


「やめてくれ!」


 私は叫んだ。しかし悲しいかな体格差が私の意思を嘲笑う。男にまさぐられ、擽られ、四肢がだらしなく弛緩してゆく。ああだめ。抗えない。


 あとでちゃんと、連れて行ってやるからな。


 そう呟いたのを最後に、私の理性は春霞のなかに溶けていった。

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