副音声でお伝えします

餌付け


 よくよく見れば、それはなかなかに男前な猫だった。

 狸が鯖柄な訳がない。

 随分と嫌われてしまったようで、尻尾をぱんぱんに膨らませて威嚇されている。

 男は自らのスーツを探ってみた。酒量の過ぎた飲み会の後には、大概先輩から何かしら仕込まれているのだ。果たして。


「ああ、あった」


 掴み出したさきいかを見て男は苦笑を漏らす。一握りから溢れるくらい在る。何が何でも入れすぎだと思うが、この場に限っては助かった。


「そんな怒んなよ。なあ」


 そっと一切れ差し出してみるが反応は悪い。仕方なくそれを土管の上に置き、己の手のなかからひとつ抓んで口に放り込む。


「なあ、ここ何処?」


 思いの外情けない声になった。心細かったのかもしれない。


「うな~ん。んな?」

(何処って私の縄張りだが。何だお前、迷子か?)


 銀二の緊張が僅かに解けた。危害を加える気がないのなら、美味そうな匂いのするそれを食ってやっても好い。


「何? 機嫌直った?」


 嬉しそうに笑った男が、一切れ置かれたさきいかの上にもう一摘み載せる。

 まあ食えよ、と言われたので銀二は慎重に近付いて一切れ咥えた。そのままじりじりと後退り、男から離れた場所で咀嚼する。


「にゃっ!」

(うまっ!)


 噛み締めた犬歯を押し返してくる程好い弾力。噛んだところから口のなかにみだしてくる烏賊の旨味と絶妙の塩気。

 まあ、銀二は烏賊など食べたことがないのでその旨味の元が何であるのか判りようもなかったが、とにかく美味かった。


「おお、気に入ったか」


 男がまた嬉しそうに笑って、手のなかのさきいかを総て銀二の前に差し出す。


「うにゃあぁぁん♡」

(マジでか! お前、好い奴だな!)


 貪りつこうとした銀二はふと顔を上げた。土管の下、行方を見守る仲間たち。あいつ等にもこの美味いメシを食わせてやりたい。


「んなあぁん?」

(もうないのか?)


 男を見上げた。メシと、仲間と、男を、交互に見つめる。


「にゃあん」


 男はスーツを探った。しかしそれ以上のメシは出てこないようだ。

 無いのであれば仕様がない。

 銀二は目を閉じた。そして。


「うなっ!」

(お前等!)


 仲間に向かって叫ぶ。


「うにゃにゃにゃにゃ!」

(じゃんけんだ!)


 あんたたち、私等がパーしか出せないと思ってるんじゃあないだろうな?


 銀二は不敵に笑った。



 甘いな。足じゃんけんだ。

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