結ぶ


 蛇口をひねると清浄な水が流れ出る。

 男は取り出したハンカチを念入りに洗った。傍らでは黒斑の子猫が流れ落ちる水を捕らえようと前足を伸ばしている。


 ああ。癒される。


 男はほっこりしかけて、イカンイカンとかぶりを振った。今はそれどころではないのである。

 きゅっとハンカチを絞って立ち上がる。振り向くと、鯖トラが少し肩を落として毛繕いを続けていた。

 男が側に立つとこちらを見上げる。


「にゃあ」


 鳴く声には力が無い。やはり傷が痛むのか。


「ちょっと痛いかもだけど、じっとしとけよ」


 そう言うと男は胡坐を搔いて鯖トラを膝に抱き上げた。美しい被毛を切り裂く赤い爪痕が痛々しい。そっと拭うと猫は一瞬びくりと身を震わせ、しかしその後はじっと男のするに任せていた。なるべく傷が痛まぬように、被毛に絡んで固まりかけている血を拭き取ってゆく。



 にゃあ、鯖トラが鳴く。


 男の腹がぐう、と鳴る。




 顔を見合わせてふたりで笑った。

 猫が笑うなんておかしいが、男は確かにそう思った。

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