繋ぐ
突然私の前に現れた未確認生物は、呆気なく去っていった。
鴉の血に汚れた指の間を丹念に清めながら銀二は肩を落とした。
否。肩など落としてはいけない。将たるもの、いかなるときにも凛としていなくては。
そうは思うのだが、視線を上げられない。背後では鴉が哀れに叫び続けているがそれすらも耳に入らない。
たった一晩共に過ごしただけの男に何故こうも引き摺られるのか。
銀二は溜息を呑み込んだ。それは鴉の血と混じって厭な味がする。
ふと影が差して銀二は顔を上げた。
優し気に微笑む男が、側に立っていた。
「何だ。まだ居たのか」
自嘲気味に呟いた銀二を抱き上げて男は胡坐を搔いた。そして手にした濡れた何かでそっと銀二の背を撫でる。直接傷口に触れられて銀二は一瞬身を固くしたが、男の手は優しかったのでするに任せた。ときどき襲う痛みに耐えるくらいの気概はある。
「なあ」
銀二は男に声を掛けた。先程鴉とやり合って思い付いたことがある。
「お前、果物は食えるのか?」
銀二の言葉に応えるように、男の腹がぐうと鳴る。
はは、と銀二は笑った。
「本当に私の言葉が分からないのか? そんな風に思えないことの方が多いな」
男が笑いながら覗き込んできたので、銀二は体を伸ばしてその鼻先をぺろりと舐めた。
だから痛いって、と男が笑う。
だから銀二はまた舐めた。
男が笑う。
銀二も笑う。
いつの間にか、鴉の声は聞こえなくなっていた。
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