作戦10 評価反省

「ものすごく順調です」


 日曜日の男の部屋で三郎は満足気に頷いた。


「そうだな。びっくりするくらいだ」


 約束通り昼前には帰還した一同は、舞衣を伴って花火大会に行った。聞いたこともないような爆音に銀二たちは肝を冷やしたが、夜空に咲いた大輪の黄色い花は見たこともないくらい美しかった。


「楽しかったねー」


 小太郎はご機嫌で男が買ったわたあめの袋と戯れている。部屋の真ん中では幸太郎が舞衣を見て頬を弛めている。テーブルの上には空になった発泡酒の缶が転がっている。そしておつまみのさきいかを酔った男からせしめることに銀二たちは成功していた。猫に烏賊を与えてはイカンと幸太郎は舞衣に怒られていたが。


「いやーん。かわいー」


 幸太郎の薄い板に指を滑らせながら舞衣が歓声を上げる。浴衣を着て髪をゆるく結い上げた舞衣はいつもと少し雰囲気が違う。幸太郎がいつになく挙動不審なのはその所為なのだろうと銀二は思う。


「だろう? 本当ににゃんこ天国なんだ」


 寄せ合ったふたりの頬がほんのり赤い。


「さけの効果です」


 したり顔で三郎が頷く。眉唾だが、確かに今晩はふたりの距離が近いような気がする。


「いいなあ。あたしも撫で撫で待ちの行列やっつけたい!」


「え? 一緒に行く?」


「いいの?」


「いいよ。でもちょっと遠いんだ」


「うーん」


「泊りになるんだけど」


「えー」


 舞衣の頬が更に赤く染まる。


「宿泊施設はたくさんあるし、タダなんだ。部屋は別々に取れるよ」


 幸太郎の言葉に舞衣は微妙な顔をした。安心したような。でも、がっかりしたような。


「じゃあ、行こうかなぁ」


「ほんとに?」


「うん。行きたい」



「三郎すごいな」


 銀二は心底感心して呟いた。本当に三郎の筋書き通りになった。男をあちらに連れて行っただけで、勝手に事が進んでゆく。


「作戦成功ですね」


 にこりと笑んだ三郎の耳元で綿埃が揺れている。あれ? 何か色が……


「おい、三郎。その綿埃、何かピン……」


「気の所為です」


 強く否定されて銀二は一瞬怯んだ。でも……


「そうか? でもやっぱりピ……」


「隊長。猫の目は赤色を認識出来ません」


 そうでした。でも、頬が赤く染まるのも分かったし、やっぱり綿埃はほのあかい。銀二がしつこく言葉を継ごうとしたそのとき、小太郎の悲鳴が響き渡った。


「いやーーっ。なにこれぇっっ」


 部屋中の視線が注がれる。見れば、わたあめの袋から這い出してきた小太郎が涙目で立ち尽くしている。身体中に蜘蛛の糸のようなきらきらした何かを纏って。


「えーん。たいちょーっっ」


 駆け寄って来た小太郎を銀二は抱き留めた。


「何だどうした」


 優しく背を撫でた銀二が、にゃっ、と悲鳴を上げる。


「な、何だこれっ。べたべたするっ」


「べたべたするのーー」


 困り顔の男たちがタオルを敷いた膝に二人を乗せて温かい濡れタオルでその身体を拭う間、小太郎はぴーぴー、銀二はぎゃーぎゃー騒ぎ続けた。


 桃から注意が逸れて三郎はほっと息を吐く。

 めっ、と顔を顰めた三郎を見て可愛らしい桃色の綿埃が嬉し気に揺れたのは、ふたりだけの秘密のはなし。

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