第37話

 一週間後。


 キング・クランチとの戦いで命を落とした者たちの、合同慰霊祭が行われることとなった。

 当然ながら、生存者たちは英雄と称えられた。あれほど人々を殺戮し、宇宙を滅亡へと追いやっていったキングを倒したのだから。

 とりわけプリーストを称賛し、同時に哀悼の意を表する市民が多かった。キングの弱点を知り、戦士たちを導き、この宇宙に希望をもたらした最も偉大な人物。

 しかしメリナやギル、他の生存者たちは、皆沈鬱な表情でこの慰霊祭に臨んだらしい。『らしい』というのは、俺はその場にいなかったから。後でハーディ博士から聞かされたくらいの話だ。


 慰霊祭が行われている間、俺は何をしていたか。それは、真治の遺体を埋葬してやることだった。

 キングを裏切ったという点では、プリーストと同じだ。しかし真治が救った命は、残念ながら俺一人分。プリーストのように、大軍を率いてキング打倒に協力したわけではない。むしろ、俺を救う直前まではずっと敵だった。キングの前に倒れてきた戦士たちと同じ扱いをするなど、とてもできるはずがない。


 俺がどうしてもと頼み込んだ結果、伸介の遺体には保護魔術が施されていた。遺体が腐敗しないようにするためだ。俺は、棺桶に入った上半身だけの親友を後部座席に乗せ、ある場所へと向かっていた。ハンドルを握るのは博士だ。


「私もなかなか祭事というものは苦手でね。付き合わせてもらって、助かるよ」

「いえ。俺も同じ気持ちですから」


 自分が英雄視され、親友が侮辱されるのを見聞きするのはもううんざりだった。かと言って、犠牲者の遺族に反論できる筋合いでもない。

 ならば、最期の最期に命を救ってくれた親友を、せめて俺一人だけでも弔ってやりたかった。


「お前がこの世界に連れてこられたのも、このあたりからだったよな」


 後部座席を振り返りながら、俺は棺桶に語りかける。

 俺は反対側に首を巡らし、その先に広がる海を見た。抜けるような青空の下、まだどこか冷ややかで黒っぽい波場が広がっている。


「着いたよ、剣斗くん」


 そこは東京湾に面する廃棄区画。例の、メリナによる鉄筋ビル崩壊事故のあった場所だ。

 そこで車を停めた博士と共に、俺はアスファルト加工されていない土地を見つけ、スコップを差し入れた。


「すまないな。私も魔術を使えれば、簡単に穴を空けられるんだが」

「気にしないでください。俺にしかできないことですから」


 すると博士は車に戻り、シートを倒してひらひらと手を振った。祭事続きで疲れていたのだろう、似合わないシルクハットを顔に被せて眠りに就いた。


 穴を掘り終えた時、俺は軽く汗ばんでいた。

 振り返り、棺桶の中の真治の顔を覗き込む。何とか穏やかに見えるよう、俺が目を閉じてやったそのままの表情をしている。

 ゆっくりと棺桶を穴に寝かせ、土をかける前にしばし間を置いた。


「本当は若菜から預かった手紙があったんだが……。あの石造りのホールが崩壊したせいで、もう修復できないほどバラバラになってしまったんだ」


 済まない――。俺は期せずして、真治の最期と同じ言葉を呟いた。


「でもな――」


 でもな、今のお前なら分かるだろう? 若菜だって、お前と同じくらいお前のことを思っていたんだ。天国に逝ったら、幸せになるんだぞ。


 そう言うつもりだったが、それは言葉にならなかった。俺の喉は詰まり、視界は滲み、立っているのがやっとだった。


「剣斗」


 控えめな呼びかけに、俺は腕で強引に涙を拭い、振り返ろうとした。しかしその前に、肩に掌が載せられた。


「メリナ……」


 近くにはもう一台自動車が停まっていて、運転席にはギルが乗っていた。空間移動魔術を使わなかったことから察するに、まだメリナの魔術力は全快していないようだ。

 俺は驚きこそしなかったものの、自分の気の緩みを感じた。車が近くに来ているなら、走行音に気づかないはずがないからだ。俺が平常心であればの話だが。


 メリナは、最初に会った時と同じく青いワンピースを着込み、緑色の瞳を輝かせていた。その輝きの原因が涙であることに気づくまで、俺はぼんやりと彼女の顔を見つめていた。


「もういいんだよ、剣斗」


 はっきりとした発声で、メリナは言った。

 

「もう誰も殺さなくてもいいんだよ。たとえあなた一人だけであっても、真治を許してあげていいんだよ」


 その言葉に、俺の心の堤防は崩壊した。

 気づけば、俺の腕はメリナの背中に回り、自分の胸にメリナの頭を抱いていた。


         ※


 俺は『この宇宙』で生きていく。けれどもそれは、かつてのように『元いた宇宙』で爪はじき者だったから、などという消極的な理由ではない。

 俺は『守りたい人がいる宇宙』で生きていく。それ以外に、何か特別な理由が要るだろうか? 

 俺はふと、帰りの車内でまた海の方を見遣った。相変わらず空に雲はなく、それでも黒い海面は穏やかな波を湛えている。

 たとえ祈る者が俺だけであってもいい。

 どこか遠い、『別な宇宙』で、真治と若菜が結ばれることを。


THE END

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Across the Universe 岩井喬 @i1g37310

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