第6話
俺たちはコンテナと廃ビルの間を歩いていく。
確かに、俺がいたところとは違うようだ。倒された仲間がどこかで気絶していてもいいものの、誰とも出くわさない。
ただし、月や星座の角度からして、今時刻がちょうど『俺のいた宇宙』の地球と同じであることが分かった。もし月面や星座の位置までが全く同じ『宇宙』であればの話だが。
俺は無造作に、拳銃を取り出した。
「何をする気だ、剣斗!」
すぐさまギルが鋭い声を上げる。しかし、
「まあ見てな」
俺は空になっている弾倉を外し、そのまま地面に落とした。カタン、と軽い音がする。
「何をやっているの?」
メリナの素朴な問いに、
「いや、この地球上って、俺のいた地球と重力が同じなのかなと思って」
弾丸が入っていないことを確かめてから、俺はぱっと手を離した。深呼吸する俺の前で、弾倉と同じく落ちる拳銃。どうやら重力加速度や、空気中の各物質の濃度といった基本条件は変わらないようだ。身体の方も違和感はない。強いて言えば少しばかり暑いところ。だがそれも、俺が先程から今まで緊張状態を強いられていたからだ。
メリナが心配げに覗き込んでくる。俺はそれに頷いて応じ、大丈夫だと目で伝えた。
「急な転移で混乱しちゃったけど……。まず、剣斗を誰に会わせるべきかな? ねえ、ギル?」
「明日の朝にならなければ、ここがいかに『異なった宇宙』であるか、剣斗に納得してもらうのは難しいでしょう。今日はすぐそこにある、メリナの別邸で泊まるのが無難かと」
「そうだね」
何? メリナの別邸?
「い、いや、俺は遠慮する」
「何故?」
何の抵抗もないのだろう、メリナはくるりと振り返って、そのつぶらな瞳で俺を見た。
が、俺の視線は自分の足元に下がってしまった。
一つ屋根の下、自分以外の男がいない状況で眠りに就くのは難しい。いや、そもそもそんなことを意識するから駄目なのか。
ギルは相変わらず淡々としている。
「別邸と言っても、メリナと私は隣り合った寝室で寝る。剣斗、取り敢えずお前は物置に」
俺は思わずつんのめりそうになった。ああ、やっぱりそういうオチか。何かを期待していたわけではないけれど。
幹線道路に出たが、自動車は一台も走っていない。何のために造ったのか? 大いに疑問だったが、今はそれを考えるべき時ではない。
転移する前、支援部隊のヘリは俺がいるにも関わらず、メリナを狙って銃撃を始めた。必然的に射線上にいる俺をも殺すつもりだったのだろう。
つまり、メリナを抹殺することができれば、俺のことなどどうでもいいという意志の現れでもあるわけだ。
どこでどうなったかは知らないが、『テロリスト制圧』の文字をニュースで流したがっている連中が大勢いることは察しがつく。俺は『殉職者一名』とでもカウントされるところだったのだろう。
「……」
「どうしたの、剣斗? さっきから怖い顔して」
「えっ? ああ、いや。何でもない」
するとメリナは振り返り、ぱっと俺の手を取って、
「明日になれば、いろいろ分かるから。それまでは待って。物置なんかで申し訳ないけれど……」
「ああ、いや。気にするな」
雑魚寝には慣れている。まあ、今晩眠れるかどうかは別として。
すると、先頭を歩いていたギルが立ち止まり、
「見えてきたぞ、剣斗。メリナの別邸だ」
俺がギルと同じ方向を見ると、
「……確かにここは異世界だな」
と呟かざるを得なかった。
幹線道路の反対側に、絵本の世界から飛び出してきたかのような木造家屋が一軒。ちょうど月明かりが差して、その様子がよく見えた。
別邸と言っても、敷地は広い。とても一人の人間が利用するほどの広さには思えなかった。
が、俺は先ほどの会話を思い出した。
メリナは両親を殺されているのだ。一家団欒をするにはちょうどいい広さだったのかもしれない。しかし、それを口にしたら今度こそギルに脳天をかち割られそうだったので、ごくりと唾を飲み込むに留めた。
よく見ると、別邸の周囲はアスファルトではなく芝生になっている。ちょうどその敷地を取り囲むように。俺のいた地球では、この辺りは集合住宅地になっていたはずだ。その家々があるか否か、そしてそこに居住者がいるか否か。それが、何も変わらないように見えた二つの地球の違いなのだろう。
メリナの別邸は純洋風の造りだった。主な構造は木材から成っているが、鍵はオートロックに暗証番号の入力が必要ときている。古風なのか現代的なのか分からない。ちなみに照明もオートだった。
「残念だけど、大したおもてなしはできないの。明日食料品の買い物と一緒に、街を案内するから」
メリナは相変わらずテキパキと計画を述べる。しかし、
「お水、飲む?」
唐突に気遣わしげな言葉をかけられ、俺はドキリとした。
「あ、ああ。頼む」
「じゃあ、剣斗もダイニングに。ギルは?」
「私はもう寝ます。流石にヘリを相手に斧を振るうのは、私にとっても容易なことではありませんでしたから」
するとギルは、甲冑をジャラジャラ鳴らしながら階段を上っていった。
大口を叩く奴がいなくなったところで、俺はメリナに尋ねた。木製のテーブルの前の椅子に腰かけながら、暖炉に火を入れようとしているメリナの背中に問いかける。
「な、なあ、メリナ」
「何? 剣斗」
「俺、この世界……っていうか、『この宇宙』を救うのが目的なんだろう? 十分戦えるのか? 俺は敵のことを何一つ知らないのに」
味方のヘリに撃たれそうになったのだと思っている俺に、『元いた宇宙』で戦う意義はなかった。義理がない、と言ってもいい。だからこそ、『この宇宙』のことをより知っておきたかった。
「それは心配ないと思う」
相変わらずの即答。
「一つの『宇宙』を潰そうとしている間、宇宙覇者はどうしてもその『宇宙』に顕現しなければならない。それには随分と膨大なエネルギーが要るの。だから、そうして『その宇宙』に馴染んでいる間に、『他の宇宙』から来た勢力に攻め入られると、いくら宇宙覇者だと言っても弱点が露見する。その弱点を突くために、あなたのような『別宇宙』の戦士に来てもらっているの。それが、私たちが手に入れた科学技術に基づく考察」
メリナは立ち上がり、振り返って俺を見た。何故彼女はいつもこんなに実直で、自信を持っていられるのだろう。俺よりも年下なのに――いや、まだ訊いていなかったな。
「訊きにくいんだが……お前は幾つなんだ、メリナ? 俺は十七で、まだ酒も飲めやしないんだけど」
「難しい質問だね」
メリナは微かに首を傾げながらそう言った。やはり、女性に年齢を尋ねるのはご法度だったか。
「わ、悪い、少し気になって――」
「十七万五千二十三歳」
「……は?」
何だって?
「驚かれるのも無理ないよね」
そう言ってメリナは肩を竦めた。
「私、あなたと一緒で『この宇宙』の産まれじゃないの。本当はさらに『別の宇宙』で産まれたらしいんだけど……」
ん? 『らしい』とは何だ? 俺はメリナに頷き、先を促した。
「私、『いろんな宇宙』を渡り歩いてきたの。生まれ変わることでね。前世の記憶はあやふやだけど、一つだけ言えるのは――宇宙覇者、通称『キング・クランチ』に両親を殺されてきた、ってこと」
キング・クランチ……。それが敵の名前なのか。
「恐らくは偶然なんだと思う。でも、私は家族をキング・クランチに殺されながら生きてきた」
ああ、また地雷を踏んでしまった。だが、今度のメリナは淡白に、無感情に話を続けた。
「そう……。『あなたのいた宇宙』で特殊だったのは、全くと言っていいほど魔法や呪文が使われていなかったってこと。私は、上手く『別な宇宙』で転生できるように、両親の魔術的加護を受けてきた。そのことはぼんやり覚えてる。ただ、明確に『メリナ・ユニヴァという人間が生きていた』という証拠があるのは『この宇宙』だけ。だから、本当の年齢は十三歳だと思ってくれて構わない」
十三歳なのか。やはり俺の見立ては当たっていたらしい。
「私はシャワーを浴びてからすぐに眠る。明日は多分、あなたをハーディ博士に会わせた方がいいと思うから、少し忙しくなるよ」
「ハーディ博士?」
何者だ?
「ハーディ・ロック博士。宇宙物理学の第一人者。魔法を使わない『宇宙』から来たのなら、一度は会っておいた方がいいと思う」
するとメリナは『それじゃ』と一言。くるりと身を翻し、二階の、恐らく自室へと向かってしまった。
俺も許可が下りれば、メリナの後にシャワーを拝借するとしよう。
そう思いながら、俺はテーブル上の水の入ったグラスを手に取った。
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