第7話
十分ほど経っただろうか。メリナと入れ違いにシャワー室を出ていくギルの声がする。
まさか、あの甲冑姿でシャワーを浴びたのではあるまいな……。流石にそれはないか。
と、思ったところでやましい想像をしそうになったので、俺は自ら両頬を叩き、雑念を追い払った。
それからさらに十分ほど。パジャマに着替えたメリナが、廊下の向こうから現れた。
あら、と少しばかり驚いた様子で目を見開く。俺は軽く片手を挙げてそれに応じた。
「あなた、まだ寝ないの?」
「む……」
素直に『落ち着かないから』と言おうと思ったが、何となく気が引けた。そう言ってしまうのが、弱音を吐くのと同義に思われたからだ。しかし、
「落ち着かないのね?」
「う」
キッパリ当てられてしまった。こうなっては仕方がない。
「いや、ここが『別の宇宙』だってことは分かったよ。だけどそれは、俺が頭で理解したことだ。心が追いついてこない」
「無理もないことだよ」
滞りなくメリナは応じる。まるで事前に会話の原稿を頭に叩き込んできたかのようだ。
「初めて『この宇宙』に引っ張り込まれた人たちは、必ずそんな反応をする。でも、あなたを引っ張ってくるのが夜だったのはよかったかもしれない」
「何故だ?」
「そうだね」
俺は肘をテーブルに載せ、その上で指先を組んでメリナの言葉を待った。
「日中にあなたを連れてきたとしたら、あまりにも違う風景に戸惑うでしょうから。今は夜だから、皆眠りに就いている。だけど、当然日中は人も動物も、植物だって動き出す。そんなところに連れ込んで、戦士候補者を混乱させるのは名案だとは思えない」
なるほど、と俺は呟いた。お陰で心の準備ができそうだが――。
「せめて何か武器を貸してはもらえないか? 『この宇宙』の治安がいいのか悪いのか分からない以上、護身用に手元に置いておきたい。特に銃器だと助かるんだが」
すると、メリナは大きく頷いた。
「戦士としては、そうこなくっちゃね。こっちへ」
俺はメリナに続いて席を立ち、廊下に歩み入った。最初は外見からどうかと思っていたが、特に軋むような音は聞こえてこない。このくらい頑丈なら、地震や台風が来ても大丈夫だろう。
「その抜け目ない気配、やっぱりあなたは生粋の戦士なのね」
「なあ、その、さっきから戦士戦士って呼ばれてるけど、こっちは落ち着かないんだ。せめて名前で呼んでくれないか?」
すると、メリナが唐突に足を止めた。
「どうした?」
「じゃ、じゃあ、試してもいい?」
「何が?」
「けっ……け、剣斗」
何だ? さっき俺の『元いた宇宙』から来る時は、普通に『剣斗』と呼んでいたじゃないか。それ以降は『戦士』とか『あなた』だったけれど。
「何か問題があるのか?」
「えっ? あ、いや、その……」
メリナは僅かにこちらに顔を向ける。自動照明に照らされた頬は、赤く染まっていた。
薄暗い中でもはっきりそうと分かるくらいに。
メリナの突然の豹変ぶりに、俺は内心戸惑った。ファーストネームを呼ぶくらいで、何が問題なのだろうか? 俺からは、現に今もこうして彼女のことを『メリナ』と呼んでいるわけで。うーむ、よく分からない。
「何か悪いこと言ったか、俺?」
「え? ええ、いや、大丈夫……」
すーっ、はーっと深呼吸をしたメリナは、
「武器庫に案内すればいいのよね。ついて来て」
しばらく、俺たちは無言で廊下を歩んだ。といっても、角を曲がってすぐの部屋だったので、沈黙していたのは実質三十秒くらいだ。
メリナは白くてフリルのついたパジャマのポケットから、カードキーを取り出してスキャンさせた。すると、複数の鍵が一斉に外れる喧しい金属音がして、ドアがスライドした。
呪文を詠唱できる少女が、ドア一つ開けるのにカードキーを使うとは。なかなかシュールな光景だった。
「さ、この部屋へ」
促されるまま、俺は武器庫へと足を踏み入れた。すぐに自動で照明が点く。そこには、
「うわあ……」
俺は思わず感嘆の声を上げた。
外郭第九課の装備室もすごかったが、それらを圧倒するラインナップだった。
リボルバー式拳銃から始まり、オートマチック拳銃、自動小銃、サブマシンガン、手榴弾、果てはど派手なガトリング砲や、対戦車ミサイルのものと思しき弾頭もあった。
「ど、どうやって集めたんだ、これ……?」
「集めるも何も、私たちが作ったの。先端技術を駆使して。ここは『違う宇宙』かもしれないけれど、全部が全部異世界、というわけじゃない。こういう火器を戦闘に使う人たちだっているよ」
「なるほどな……」
俺はしげしげとそれらを眺めた。それから手に取ってみたり、弾倉を抜いて明後日の方向に空砲で撃ってみたりした。
どのくらいの時間が経ったのだろう。俺はこれらの火器の中から、実戦的な火力と機動力を組み合わせて考え始めた。自動小銃はちょうど愛用していたものとそっくりなものがあったので、それを使おう。手榴弾は三発もあれば大丈夫か。それ以上になると、取りつけられる場所がない。拳銃はオートマチック。ベレッタかガバメントか……。
「ねえ、戦士……じゃなくて、け、剣斗」
「ナイフはここに差して――。ん? メリナ、何か言ったか?」
「ええ。私、もう寝てもいい? 宇宙間移動の魔法を使ったから、だいぶ疲れちゃって」
「あ、そうか! 悪い、付き合わせちまったな」
俺はナイフを棚に戻し、振り返った。
「ううん、それは別に構わないけど。ここの開錠カードキーを持ってるのって、私だけだから」
「了解。すぐに出る」
俺は足早に武器庫を横切り、メリナの横を通り過ぎた。背後でドアがスライドし、施錠される音がガチャガチャ響く。
俺とメリナは、どちらが先ということもなく暖炉のあるダイニングへ戻った。先ほどは気づかなかったが、『こちらの宇宙』で最近流行りのドラム式洗濯機が隅に置かれている。
それを見て、俺は尋ねてみた。
「なあ、もしよかったら俺もシャワーを借りていいか?」
「えっ!?」
俺の申し出に、メリナは何故か肩をぴくりと震わせた。
「いや、無理にとは言わないんだが、今の俺って汗臭いだろ? こんな状態で何日もそばにいられたくはないんじゃないかと思って」
「い、いや、そんなことは気にしない、っていうか、シャワーは、えっと……」
正直、俺もイライラしていた。春先だと言うのに、緊張からか汗をダラダラかいている。
答えるなら早くしてくれ。
「どっちなんだ?」
少しばかり語気を強めると、メリナは
「あ、あれは私じゃなくて、ギルの趣味だから!」
と言って、
「あっ、おい!」
階段を駆け上がっていってしまった。
趣味? 何だよ、全く。わけが分からん。
そう思いながら、きっと先ほどの台詞は『勝手にしろ!』という意味だと解釈。
「ありがたく使わせていただきますよーっと」
俺は一旦外の物置に行き、男性服らしい上下の下着及びパジャマ、それにタオルを持ってきた。
どんな趣向が為されていようと、シャワーはシャワーだ。何も奇妙なことはあるまい。
そう思って、脱衣所の扉――流石に施錠されてはいなかった――を開いた俺の目に飛び込んで来たのは、
「……は?」
メイド服。ネコ耳。魔法少女。ロボットアニメの主人公。格闘ゲームのヒロイン。怪獣。
「な、何じゃこりゃあああああああ!!」
コスプレだ。コスプレグッズが並んでいる。
そうか。これがあるために、脱衣所に洗濯機を置けなかったのか。
しばしの間、俺は空いた口が塞がらない状態だった。
あいつら、こんな趣味が……。これなら確かに他人の立ち入りを防ぎたくなるのも分かる。いや、俺にこんな趣味はないぞ。
今目に入ったモノを忘れるように努力しつつ、俺は頭から冷水を浴びた。
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