第29話
俺は慌てて博士の元へと駆け寄った。
「博士、貸してください!」
「あ、ああ。『この宇宙』でも使いやすいように、人工衛星の技術を応用したものなんだが……。勝手なことをしてしまったかね?」
「いえ! それでいいんです!」
俺が『元いた宇宙』で支給されていたのは、軍事用の衛星利用までを視野にいれた長距離・超高感度のスマートフォンだ。こいつを利用して、真治の持っているスマートフォンの位置を割り出す。それができれば、奇襲をかけられる。
「博士、一緒に研究室へ!」
するとプリーストは気を利かせてくれたようで、
(伝令、二人を博士の研究所へ送れ。他の者は、偵察に使っている使い魔を一旦帰投させろ)
「行きましょう、博士!」
「あんまりよく分からないが、了解だ!」
※
ビルに到着した俺は、率先して博士の地下研究所への階段を下りて行った。
スマホの画面をタッチし、電波状態が良好であることを確かめる。
『この宇宙』に来たばっかりの時は『圏外』だったのにな……。
「博士、衛星回線を使えるんですよね?」
「ああ。『君たちのいた宇宙』に比べれば、電子通信技術は劣っているかもしれないが……それでも電波を地球一周させることはできる。しかし、逆探知は上手くいくのかい?」
「そのために、博士の通信設備を使わせてください」
今俺のスマホは外装を剥がされ、細いケーブルが何本も差し込まれている。俺はスマホのパスワードを打ち込み、真治を選んで『発信』した。
プルルル、と素っ気ない呼び出し音が響き渡る。ごくりと唾を飲み込む俺の横で、博士はオーディオ機器のような箱状の装置を操作していた。ダイヤルを捻り、スイッチを切り替え、新たなケーブルを接続する。
レーダーサイトに光が灯り、時計のような針と円盤が露わになった。しかし、針に反応はない。
「博士、何も映りませんよ!?」
「慌てないでくれ、剣斗くん。今電波状況を見てる。衛星を経由してるから、もうしばらく待ってくれ」
どのくらい時間が経っただろう。俺の喉が、唾を飲むべく何度も鳴った。胃袋の底が焼かれるような緊張感に見舞われる。
そんなに距離が離れていることはないはずだ。キングはあれだけのオークの軍勢を引き連れてきたのだから。
俺が祈るように目を伏せた、次の瞬間だった。
ポーン、とレーダーサイトに反応があった。
俺はがばっと顔を上げ、
「博士!」
「ああ、ここを根城にしていたようだな」
腰を折って、博士もまたレーダーサイトに見入る。秒針が示しているのは、この街から西へ十キロほどいったところ。
「あれ……?」
俺は不審に思った。昨日、すなわち前回敵が攻めてきた時、オークとの主戦場はずっと西方だったはずだ。一旦キングが撤退したとすると、もっと西方へ立ち退くのが定石ではあるまいか。せっかく瞬間移動魔術があるのだから。
まあ、それはおいおい考えるとして。
「それにしても博士、この世界に通常の軍隊は存在しないんですか? 国土の防衛はどのように行われているんです?」
「そうだな、『君がいた宇宙』にあるような兵器はあまり存在しないね。もちろん、好んで使う戦士もいるが。それよりは皆、魔術で兵器の代用をしている。いや、『君がいた宇宙』に魔術があまり存在しなかったから、君たちは強力な兵器を造って補填していた、と言ってもいい」
「じゃあ、これ以上の戦力は望めないわけですか」
俺が博士の顔を覗き込むと、
「そうだな。戦士と呼ばれる人々が兵士であり、武器と呼ばれるものが魔術だ。今の戦力で、何とかキングを封じ込まなければね」
「その方法は? 博士、何かアイディアはあるんでしょう?」
すると博士はふっと笑い、立ち上がって頭を掻きむしりながら
「そいつが実現可能であれば、誰も苦労はしないさ」
「ですよね」
……ん?
「何ですって?」
俺は瞬間的にレーダーサイトのことを忘れた。
「倒せるんですか? あのキング・クランチを!?」
「流石に食いつきがいいな」
博士はいつものようにコーヒーを淹れるべく、部屋の隅に向かっている。
「どうやって……いや、だったら何故それを発表しないんです!?」
俺の声には十分な怒気が込められていたと思う。しかしそれを見越したかのように、博士の口調は穏やかだ。
「一つ訊こう。君は『この宇宙』のために命を捧げられるか?」
「えっ……」
俺は言葉に詰まった。
時間が必要だと判断してくれたのか、博士はコーヒーにゆっくりと口をつけている。
俺が気になったのは二つ。
一つは、『この宇宙』が俺にとっては未知の世界だということだ。『元いた宇宙』に戻るのは、メリナさえ救出できれば容易なはず。ならば俺には、『この宇宙』のために戦って死ぬか、『元いた宇宙』に逃げ帰るかという選択肢が存在することになる。
もう一つは、そもそも『命を捧げる』ということの意味や意義についてだ。俺が訓練を受けてきたのは、自分が死ぬためではない。逆だ。自分や人質となっている人々を守るために、戦闘訓練を受けてきたのだ。『命を懸ける』ことはあっても、『命を捧げる』ことはあり得ない。
気づけば、博士は二杯目のコーヒーを飲み干すところだった。テーブルには、俺のためのものだろうか、マグカップが一つ置かれている。
俺が顎を上げると、ちょうど博士と目が合った。
「大方決まったようだね、気持ちが」
「そう、ですね……」
「その答え方だと、作戦内容を教えても『やってやろう』とは思っていないだろうね」
棘のない博士の言葉であったが、逆に俺は胸に込み上げてくるものがあった。
「仮にも俺は戦士です。はなから当てにしないような言動は慎んでいただきたい」
こんな冷静な受け答えができたのは、ギルのお陰でもあるだろう。しかし、心の中では怒りが渦を巻いていた。
「なるほど、な」
博士は自分のマグカップを置き、壁に寄りかかって腕を組んで俺を見つめ返してきた。微かに眼鏡が光を反射する。
「そんな回答を寄越したのは、君が二人目だ」
二人目……? その意味を飲み込めないでいると、博士はぽつりと
「新山真治もそう言っていた」
俺は慌てて
「どういうことです?」
こんがらがった頭の中を整理しなければ。
「以前聞かされたことがあるかもしれないが、『この宇宙』ではパラレルワールドとして『君のいた宇宙』と相通ずる部分が少なくない。そこで、若菜の立場にある少女を若菜と勘違いした真治くんは、その少女が殺されるのを目の当たりにした。そして――悪の道へと転がり落ちていったのさ」
ガラスの向こうの目つきがだんだん鋭利になっていくのが、俺には感じられた。
その瞳の輝きからは、『お前には真治の二の舞になってほしくない』という意志も見て取れる。
「俺は、真治とは違います。実際、俺に好意を寄せてくれていた若菜は殺されました。でも、俺はキングの罠には引っかからなかった。本物のメリナに、あんな残酷なことができるはずがありません。それを知っていたからです」
俺は淡々と述べながら、メリナのことを想っていた。彼女を守らなければ。
もちろん、メリナの転移能力を使えば『別な宇宙』への逃避も容易いはず。だが、俺は確信していた。そんなことを、メリナは認めないだろうと。
「博士、あなたは言いましたね。俺が作戦に臨むか否かという場面で、『やってやろうとは思っていないだろう』と。もう一度、前言撤回を要請します」
博士は片方の眉を上げた。
「と言うと?」
俺はすっ、と息を吸い込んだ。
「その作戦、俺にやらせてください。必ずキング・クランチを倒して見せます」
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